2018年6月13日水曜日

ニュージーでのお父さん

私のニュージーランドでのおじいちゃん(本人はお父さんっていうけれど、来年70になるというから、私にとっておじいちゃん)は

私が大学がある町に着いた時、空港から町までタクシーで連れて行ってくれたタクシードライバー。

その日、泊まる予定で予約していたバックパッカーに宿泊拒否をされた関係で

いろいろとお世話になってから、そのあともずっと、ことあるごとに面倒を見てくれる。

というか、いつでもきていいよ、というから、本当に年に何回か泊まりにきている。

今回もホリデーも彼のお家から。

いつもたくさん話す人で、今も夜中の2時まで話をしていた(というか、主に聞いていた)

彼の話は、彼の人生の話、彼の人生論、社会情勢の分析など、深く広くどこまでも広がるけれど、

何回も同じ話が出てきたり、よく聞いていると、んんー?矛盾してないかーって思ったりして

ちょいちょい突っ込みながら、聞いている。

16歳の時に、このままこの町に住んでいても、未来がないと決めて

首都に出てきて、軍隊に入り、25年間地位を登りつめ、若いうちに家族を作り

その後は沢山の違う職種について、今、タクシードライバーをしている彼。

それは、人生経験に本当に豊富で、たとえ同じ話を繰り返されても、話を聞きながらいろんなことを考えさせられるし、

飽きない。

今夜のtake home message は、自分の人生は自分しか生きれないってこと。

そして、シンプルなのが一番。考えすぎても、答えは目の前にあったりする。

自分の仕事の中で何を残せるか、より、自分自身であることの方がよっぽど大切だって。


彼は、本当に自分の意思で、たくさんのことを乗り越え、だからこそ、意思の力があれば

なんでも乗り越えられるし、もしそれで乗り越えられないのなら、そういう運命だっていう考え。

それも、一つの意見だし、一つの真実で。

人の数だけ、真実の数もある。


自分で乗り越えられるところと、社会の構造や抑圧のところがある。

でも、構造や抑圧があっても、それによって自分を制限しないのは結局自分の意思であるのも確かで。


私は私しかいないのだから、もう一度自分を信じて、ちゃんと今ある役割をやり遂げようって改めて思った夜。


今から、徹夜で課題を終わらせる!