こんにちは。
わたしの住んでいるところでは晴れが続いてる。
最近、近所の高台にある神社に通ってる。
そこの猫ちゃんと一緒に座ってボーッとしてみたり、お祈りも毎日してる。
今日はいい時に行ったみたいで、
神社の人が中を開けて、社にお祈りさせてくれた。
そこの歴史もたくさん聞かせてくれて面白かった。
川口はわりと最近まで海だったから新しいんだよとか、神社はもう少しで建てられてから400年目だよ、とか。
初詣が楽しみ。
神社やお寺は昔からとっても好き。
最近わたしの心もだいぶ元気になった。
不安もかなり減った。
そしたらなんか、エネルギーが溢れてきた感じ。
悩むことに使ってた分がこっちに来たのかしら。
よかった。
前から描いてる絵だとか、
文章書いたり、
音楽も練習したいなとか。
こないだギター、探しに近所を冒険。
とっても素敵な体験だった。
こんな近所のリサイクルショップにまさか、と思いながらも行ったら、ほんとに素敵なのに会えた。
ちなみに、日本の伝統楽器もやってみたい。
笛とか。
あとは久しぶりに学びたい欲もわいてきた。
人の心についてとか、文化とか、そんなことかな。
まあゆるくやります🐱
うみは体調崩してしまったよう。
体を休められていますように👼
ハブアグッデイ☺
2017年12月26日火曜日
2017年12月25日月曜日
帰ってきたよ
久しぶりに書くなあ。
帰ってきました、日本。
埼玉。
母のところに。
カナダから帰る前の日々は、なんだかもう、
いちばん愛しかった。
大切な人たちにさようならを言った。
みんなわたしのこと好きなんだって、思った。
そりゃそうだよね、
わたしはまわりの人とっても大好きなのに、
片想いなはずないね。
ひたすら人を信じることや、
繋がるのが苦手な自分だった。
やっと、本当に、できるようになったと思う。
よかった。😊
カナダに行ったのは、そういう旅だったと思う。
人について学ぶ旅。
人を好きになるための旅。
文化だとか性別だとか、
色々ちがくても「悪い」だけでできてる人はいないんだって、学ぶ旅。
自分の軸を、人と繋がることで作る旅。
休学が終わるまではひたすら養生。
母はわたしたちが育ったところから2年前に引っ越した。
近所は色々面白い。
猫が集まる神社。
竹林。
どの季節もずっと何か咲いたり実っている、
素敵な遊歩道。
今は早く咲く種の桜と、キンカン、サザンカが印象的。
そして見晴らしのいい部屋からは
空が大きく見える。
窓から見える富士山と、夕焼け。
わたしも家を出たから、彼女も生活を変えて、
新しい人生のステージへ。
とってもいいところを選んだと思う。
わたしも、母も。
新しい地に移ること。
ほんとに二人とも、いい決断をした。
のんびり、毎日大切に生きてる。
いろんな人と、猫との繋がりに支えられてます。
感謝♥
日本では前にお世話になった人たちと、
今の自分でしっかり関係を強くしていきたいな。
帰ってきました、日本。
埼玉。
母のところに。
カナダから帰る前の日々は、なんだかもう、
いちばん愛しかった。
大切な人たちにさようならを言った。
みんなわたしのこと好きなんだって、思った。
そりゃそうだよね、
わたしはまわりの人とっても大好きなのに、
片想いなはずないね。
ひたすら人を信じることや、
繋がるのが苦手な自分だった。
やっと、本当に、できるようになったと思う。
よかった。😊
カナダに行ったのは、そういう旅だったと思う。
人について学ぶ旅。
人を好きになるための旅。
文化だとか性別だとか、
色々ちがくても「悪い」だけでできてる人はいないんだって、学ぶ旅。
自分の軸を、人と繋がることで作る旅。
休学が終わるまではひたすら養生。
母はわたしたちが育ったところから2年前に引っ越した。
近所は色々面白い。
猫が集まる神社。
竹林。
どの季節もずっと何か咲いたり実っている、
素敵な遊歩道。
今は早く咲く種の桜と、キンカン、サザンカが印象的。
そして見晴らしのいい部屋からは
空が大きく見える。
窓から見える富士山と、夕焼け。
わたしも家を出たから、彼女も生活を変えて、
新しい人生のステージへ。
とってもいいところを選んだと思う。
わたしも、母も。
新しい地に移ること。
ほんとに二人とも、いい決断をした。
のんびり、毎日大切に生きてる。
いろんな人と、猫との繋がりに支えられてます。
感謝♥
日本では前にお世話になった人たちと、
今の自分でしっかり関係を強くしていきたいな。
2017年12月16日土曜日
魔法の実
問題です◎
この実はなんの実でしょうか?
.
.
.
.
答え:コーヒーの実
私は全然知らなかったのだけれど、コーヒーは普通の木の実で
そのまま食べると、とーっても甘い。
さくらんぼのよう。
そして、コーヒーはこんな 森の中の崖っぷちになるのです。
だから、収穫はとーっても大変。
収穫した後も、コーヒー豆になるまで、ながーーーーい工程があります。
豆っていう名前だけど、実は種なコーヒー。
実から種を出して、発酵させて(多分。ここら辺は、スペイン語ちゃんとわからなかったw)
乾かす。
その後に殻をむくのだけれど
素手で剥こうとするとすごく大変。
10分以上かかって剥けるのはこれくらい。
コーヒーは、今年に入るまでほとんど飲まなかったけれど、
こうしてどうやってできるかっていうのを知ると
まただけれど、感動と感謝が湧いてきます。
今度からコーヒーを飲む時は、どんな風にできるか知っているって、
なんだか嬉しい。
この実はなんの実でしょうか?
.
.
.
.
答え:コーヒーの実
私は全然知らなかったのだけれど、コーヒーは普通の木の実で
そのまま食べると、とーっても甘い。
さくらんぼのよう。
そして、コーヒーはこんな 森の中の崖っぷちになるのです。
だから、収穫はとーっても大変。
収穫した後も、コーヒー豆になるまで、ながーーーーい工程があります。
豆っていう名前だけど、実は種なコーヒー。
実から種を出して、発酵させて(多分。ここら辺は、スペイン語ちゃんとわからなかったw)
乾かす。
こんな風に、平たい地面で。
その後に殻をむくのだけれど
素手で剥こうとするとすごく大変。
殻付き(上)殻なし(下)
10分以上かかって剥けるのはこれくらい。
コーヒーは、今年に入るまでほとんど飲まなかったけれど、
こうしてどうやってできるかっていうのを知ると
まただけれど、感動と感謝が湧いてきます。
今度からコーヒーを飲む時は、どんな風にできるか知っているって、
なんだか嬉しい。
コーヒー農家さんのお家で出会った新しい友達。♡
村での暮らし
今日で10日ほど過ごしたPluma Hidalgoでの暮らしの最終日。
出発するのは3日後だけれど、明日から母と友人も合流するので
そしたら、またちょっと違う生活が始まります。
メキシコの南の方の山奥まできて、何をしていたかというと
インターンしている団体のメンバーさんの子供達と遊び、一緒に家事をして
村の中をお散歩しにいって、ここに住む人たちと出会い語らい
(語らい、といってもみんな英語話せないし、私のスペイン語もほぼなしに等しいので
限られた会話だけれど、それでも、通じ合える感じがするのが、とても嬉しい)
コーヒー農家を訪れたり、生活を共に過ごしていました。
観光名所に行くわけでもなく、緩やかな日常にお邪魔する。
メキシコっていうと、ごちゃごちゃしていて、ちょっと治安が悪かったりとか
そんなイメージがあるかもしれないけれど
前のブログにも書いたけれど、ここはとにかく静かに豊かに時間が流れている。
夜とっぷり日が暮れても、子供達が道に出て子供達だけで遊んでいる。
それくらい、平和。
昨日の朝は、お隣さんのところにいって、そこのお母さんが毎朝行っている
トルティーヤ作りのお手伝いをさせてもらいました。
私がやると、破れちゃったり、破れないように気をつけるから、とても時間がかかるのに
お母さんはとっても早い手さばきで、しかも丁寧で、見とれちゃいました。
こうやって、食べ物ができる工程を知ると、その食べ物に対して感謝が深まる。♡
インターンシップを通して、この場所のことを知り、この場所のことを人伝えていたけれど
私が想像していたより、ずっとずっと豊かな場所でした。
資源とか、生活はとても豊かではないけれど、人の心が豊か。
もちろん、そうではない人もいるし、若い人たちはどんどん現代風な生き方に惹かれて
変わってきてしまっているみたいだけれど。
なんだって、10年前までは車道がなく、移動手段は徒歩とロバだけ。
3年前にやっとインターネットが開通して、それまで携帯、パソコン、テレビを持っている人はほぼいなかったそう。
変わらないものはないけれど、でも、この村の人の心の豊かさは
変わらないでいてほしいと願わずにはいられません。
でも、近代化が入ってくるより先に、気候変動によってすでに生活がさらにきつくなって
それが今も続いているのが現状。
これから、どうなっていくのだろうか。
私は、とにかくのんびりする時間を過ごせて、忙しい感覚とか忘れるくらいで。
医療のこととか、水とか電気のアクセスも安定してないこととか、
問題はたくさんあるけれど、自然と気持ちが豊かになる場所。
たくさん充電されました。
出発するのは3日後だけれど、明日から母と友人も合流するので
そしたら、またちょっと違う生活が始まります。
メキシコの南の方の山奥まできて、何をしていたかというと
インターンしている団体のメンバーさんの子供達と遊び、一緒に家事をして
村の中をお散歩しにいって、ここに住む人たちと出会い語らい
(語らい、といってもみんな英語話せないし、私のスペイン語もほぼなしに等しいので
限られた会話だけれど、それでも、通じ合える感じがするのが、とても嬉しい)
コーヒー農家を訪れたり、生活を共に過ごしていました。
観光名所に行くわけでもなく、緩やかな日常にお邪魔する。
メキシコっていうと、ごちゃごちゃしていて、ちょっと治安が悪かったりとか
そんなイメージがあるかもしれないけれど
前のブログにも書いたけれど、ここはとにかく静かに豊かに時間が流れている。
夜とっぷり日が暮れても、子供達が道に出て子供達だけで遊んでいる。
それくらい、平和。
昨日の朝は、お隣さんのところにいって、そこのお母さんが毎朝行っている
トルティーヤ作りのお手伝いをさせてもらいました。
私がやると、破れちゃったり、破れないように気をつけるから、とても時間がかかるのに
お母さんはとっても早い手さばきで、しかも丁寧で、見とれちゃいました。
こうやって、食べ物ができる工程を知ると、その食べ物に対して感謝が深まる。♡
たくさん作られたトルティーヤは近所の人が買いにきます。
綺麗な刺繍がされた風呂敷みたいなのに包まれて受け取ります。
インターンシップを通して、この場所のことを知り、この場所のことを人伝えていたけれど
私が想像していたより、ずっとずっと豊かな場所でした。
資源とか、生活はとても豊かではないけれど、人の心が豊か。
もちろん、そうではない人もいるし、若い人たちはどんどん現代風な生き方に惹かれて
変わってきてしまっているみたいだけれど。
なんだって、10年前までは車道がなく、移動手段は徒歩とロバだけ。
3年前にやっとインターネットが開通して、それまで携帯、パソコン、テレビを持っている人はほぼいなかったそう。
変わらないものはないけれど、でも、この村の人の心の豊かさは
変わらないでいてほしいと願わずにはいられません。
でも、近代化が入ってくるより先に、気候変動によってすでに生活がさらにきつくなって
それが今も続いているのが現状。
これから、どうなっていくのだろうか。
私は、とにかくのんびりする時間を過ごせて、忙しい感覚とか忘れるくらいで。
医療のこととか、水とか電気のアクセスも安定してないこととか、
問題はたくさんあるけれど、自然と気持ちが豊かになる場所。
たくさん充電されました。
2017年12月13日水曜日
とろんと流れてゆく時
最近毎朝寝坊してばかりだったけれど、今日は少し早めに起きた。
登る瞬間は逃してしまったけれど、登りたての朝日に浴びながら今ブログを書いている。
朝日に当たるのは、私の好きなことの一つ。
気持ちがリセットされるような感じ。
朝の少し肌寒い澄んだ空気の中で 朝日に当たって体がじんわり暖かくなる。
町の人たちも起き出してきて にわとりの鳴き声があちこちから聞こえる
子供達もボールを蹴り出して遊ぶ声がする
大人たちも車で出かけたり 洗濯物を始めたら 1日の始まりの音。
子供がいる家族にとっては1番忙しい時間。
だけど、確実に毎日やってくるこの時間の始まりをつげるように
とろんとゆっくり登ってくる太陽と過ごす時間が好き。
この街では、聖母マリアは「グアラルーペ」という名前で呼ばれている。
そしてこの数日間ずっと、グアラルーペをお祝いするお祭りが町で行われていた。
たくさんの屋台が出て、と言っても日本の屋台と違って、服や日用品を売ってる屋台や
町のレストランが自分のレストランの前で、タコスの兄弟みたいな料理を売っている。
お祭りのパレードや踊りは、なんと夜9時以降に始まって、音楽は朝4時くらいまで鳴り止まない。
そして、おじいちゃんもおばあちゃんももちろん、子供達まで夜中まで起きている。
びっくり。
そんなにたくさん人気がないから、そんなにたくさんの人は住んでないのだろうなと思ってたら
ここ数日、町の中心には人が溢れかえってる。
でも、みんなお祭り気分でちょー楽しい!っていうより
ずっと繰り返されてきたことを、たんたんと過ごしている感じで
でも、そういう時間の流れ方も、素敵だなぁと思う。
この前知り合いの投稿で、ネイティブアメリカンの人たちの考えには、「今」という時間がないって読んだ。
過ぎ去っていった「過去」と、これから体験するまだ見ぬ「未来」があるだけ。
どれだけ昔か、どれだけ先かと考えず、どの時間も繋がってるもの。
そう思ったら、古くからの知恵を自分のものと考えられるのも
未来を思った行動をするのも自然になる気がした。
この街で流れている時間も、「今」ではなくて
ずっと前から流れている時間 これから先に繋がってゆく時間の中に
ゆっくりと確実にある感じがする。
都会のような刹那的な感じのない
とろんと流れるこの街の時間が好き。
登る瞬間は逃してしまったけれど、登りたての朝日に浴びながら今ブログを書いている。
朝日に当たるのは、私の好きなことの一つ。
気持ちがリセットされるような感じ。
朝の少し肌寒い澄んだ空気の中で 朝日に当たって体がじんわり暖かくなる。
町の人たちも起き出してきて にわとりの鳴き声があちこちから聞こえる
子供達もボールを蹴り出して遊ぶ声がする
大人たちも車で出かけたり 洗濯物を始めたら 1日の始まりの音。
子供がいる家族にとっては1番忙しい時間。
だけど、確実に毎日やってくるこの時間の始まりをつげるように
とろんとゆっくり登ってくる太陽と過ごす時間が好き。
この街では、聖母マリアは「グアラルーペ」という名前で呼ばれている。
そしてこの数日間ずっと、グアラルーペをお祝いするお祭りが町で行われていた。
たくさんの屋台が出て、と言っても日本の屋台と違って、服や日用品を売ってる屋台や
町のレストランが自分のレストランの前で、タコスの兄弟みたいな料理を売っている。
この州の伝統食クラユーダ 豆とアボカドとこの州独特のチーズが挟んである
お祭りのパレードや踊りは、なんと夜9時以降に始まって、音楽は朝4時くらいまで鳴り止まない。
そして、おじいちゃんもおばあちゃんももちろん、子供達まで夜中まで起きている。
びっくり。
夜の道を通り過ぎていったパレード 吹奏楽の演奏付き
そんなにたくさん人気がないから、そんなにたくさんの人は住んでないのだろうなと思ってたら
ここ数日、町の中心には人が溢れかえってる。
でも、みんなお祭り気分でちょー楽しい!っていうより
ずっと繰り返されてきたことを、たんたんと過ごしている感じで
でも、そういう時間の流れ方も、素敵だなぁと思う。
街の中で女の子たちが伝統の服を着て踊っていた
この前知り合いの投稿で、ネイティブアメリカンの人たちの考えには、「今」という時間がないって読んだ。
過ぎ去っていった「過去」と、これから体験するまだ見ぬ「未来」があるだけ。
どれだけ昔か、どれだけ先かと考えず、どの時間も繋がってるもの。
そう思ったら、古くからの知恵を自分のものと考えられるのも
未来を思った行動をするのも自然になる気がした。
この街で流れている時間も、「今」ではなくて
ずっと前から流れている時間 これから先に繋がってゆく時間の中に
ゆっくりと確実にある感じがする。
都会のような刹那的な感じのない
とろんと流れるこの街の時間が好き。
2017年12月9日土曜日
雲の中を歩く
今はメキシコの比較的南の方のオアハカ州の山の中の村にいます。
ここにきた理由は、今年、ひょんなきっかけから始めることになったインターンシップのプロジェクトを訪れるためです。
この州には、この土地の先住民のザポテク族の人たちが多く暮らしています。
この村では彼らが昔からコーヒーの栽培をしていました。
だけれど、気候変動の影響もあり、前までは家族を養うのに十分なコーヒー豆も育てられたのに
今では栽培量が減って、たくさんの人が貧困状態に追い込まれています。
そして、この村には障がいを持った人たちも多く暮らしています。
でも、その中の多くの人たちが教育も受けられず、仕事もない状態でお家にいました。
私たちのプロジェクトはこのコーヒーの栽培を、いろんな人にとってアクセシブルに、
そしてオーガニックの農法を使って、環境にもよいものにするのをサポートしようというものです。
少し標高が高いから、たまに雲に覆われて、雲の中を歩けます。
村で進む時間はとてもゆっくり。
村の中心の広場や、道ばたにのんびり座っているおじいちゃん、お母さんたち。
朝から晩まで、村の中を子供達は追いかけっこ。
毎日いろんなことがあるけれど、でも時間は淡々とゆったり流れている感じで。
夢を追いかけたい!とか、変化を作り出したい!とか
都会にあるすごい熱量でぐわぁーーーっと物事が動くような
そういうのが少ない感じ。
といっても、数日しかいないから、知らないだけかもしれないけれど。
自分のやりたいことを実現することとか
やる気をもって何かに打ち込むことみたいなのがいいこととされているけれど
日常を一歩一歩生きてくのだけでもいいんじゃないかなあ
ここにいると、そんな風に思う。
もちろん、なにかに打ち込んで、物事を進めていく感覚は
特別なもので、今がぎゅーっとなって、力が湧いてくるような感じがしたりして
そうできることも、大切だと思うけれど。
ぼーっとしているおじいちゃんたちは、何を考えているんだろ。
2017年12月8日金曜日
ちょっと元気を取り戻した
最近はいろんな芸術的なコトに助けられている。
躍り、絵を描くこと、コラージュ、楽器、歌、文章を書く、読む、音読すること。
これは昨日まで3日かけてゆっくりやったやつ。
だれに褒めてもらうじゃなくても
こうやってとにかく作業を進めようとすると
自然と自己愛とか自尊心が沸いてくるなあと実感。
大切なお友達がほぼ日っていうサイトを紹介してくれた。
そのなかで芸術家の横尾忠則さんの記事も紹介してくれたんだけど、
そこで彼は、何かすることに関して、時間よりも回数(何回絵を描いたかとか)が大切だっていう話をしていた。
カップルに例えると、
時間がどれくらい愛してるかだとしたら
回数は親しさ、どれくらい実際会いに行ってるのかだって。
この説明がとっても好き。
時間軸でみると自分これっぽちしか。。
ていう気持ちが拭えないけど、
とりあえずもう一回てやってるうちに
自信も元気もいろいろ出てきた。
相変わらずすこし迷子だけど、
なんか大丈夫そうっていうか、
親しい友達と、
芸術に助けられてる最近。
とくに猫と音楽の癒し効果はすごいなぁ。
親しい友達、って、猫も含まれてるよ。
躍り、絵を描くこと、コラージュ、楽器、歌、文章を書く、読む、音読すること。
これは昨日まで3日かけてゆっくりやったやつ。
だれに褒めてもらうじゃなくても
こうやってとにかく作業を進めようとすると
自然と自己愛とか自尊心が沸いてくるなあと実感。
大切なお友達がほぼ日っていうサイトを紹介してくれた。
そのなかで芸術家の横尾忠則さんの記事も紹介してくれたんだけど、
そこで彼は、何かすることに関して、時間よりも回数(何回絵を描いたかとか)が大切だっていう話をしていた。
カップルに例えると、
時間がどれくらい愛してるかだとしたら
回数は親しさ、どれくらい実際会いに行ってるのかだって。
この説明がとっても好き。
時間軸でみると自分これっぽちしか。。
ていう気持ちが拭えないけど、
とりあえずもう一回てやってるうちに
自信も元気もいろいろ出てきた。
相変わらずすこし迷子だけど、
なんか大丈夫そうっていうか、
親しい友達と、
芸術に助けられてる最近。
とくに猫と音楽の癒し効果はすごいなぁ。
親しい友達、って、猫も含まれてるよ。
2017年12月7日木曜日
小さな海賊たち
ボゴタの中心部から歩いて20分くらい少し丘を登ったところに
約400人の人たちが住むコミュニティーがあります。
その名は、Ramirez。
そこは、住所もなく、道も舗装されていなく
そこらじゅうに瓦礫とプラスチックが広がっています。
土壌の条件は悪く、次に大雨が降ったら流されてしまうかもしれないというトタンでできた家々が坂の上に立ち並んでいます。
La redada で出会った人たちと一緒に朝10時過ぎにコミュニティーに着きました。
そこに住んでいる肝っ玉母さんみたいな素敵な女性と現地で合流して、コミュニティーの中にあるサッカー場であちこちから集まってきた子供達とのサッカーの試合が始まりました。
私はサッカーできないけれど、La redadaの人が
僕たちは、試合の審判だよって言って
とーっても熱のこもったサッカーの実況中継をしたあと
私にマイクを渡してきたから、私も日本語で
サッカーの実況中継なんてしたこと全くないけれど
やってみたのがあの動画でした。
あの動画を撮った後も、2時間くらいサッカーをしていて
最初は5人くらいしかいなかった子供達が
いつの間にか30人以上に増えていました。
マイクはスピーカーにつながれていて、大音量で
コミュニティーに流れていて
大人達も遠くから見物したりしていました。
とっても過酷な生活状況だけれど
みんなの笑顔は、普段見られないような
輝いている笑顔でした。
「いいこと」をしてあげるみたいなチャリティーも
大切だけれど、そういう慈善行動って私はちょっと苦手。
La redadaの人たちが、とても素敵だった理由は
彼らが「いいこと」をしているっていう感じじゃなくって
目の前に出会った人たちと、楽しいことをする
っていうのを大切にしていて、ヒップホップカルチャーとかを
混ぜたり、なんでもとっても自由だったから。
子供達とも対等で、偉そうな感じが全くなのです。
だって、彼らの生活の状況は、彼らに問題があるわけではなく
根本は社会の構造が、あの状況を作り出しているって知っているからかなって思いました。
だから、ある意味社会の構造の側に組み込まれて生きてきた側として、できることをやっていく。
本人達から聞いたわけじゃないけれど、そんな感じがしました。
コミュニティーの中で、子供達と一緒に廃材を使って船を作り
自分たちのことを「海賊」っていう風によんでいました。
そんな若い海賊たちの好奇心はすごくって、
私が全然スペイン語わからないのを悟って、何回も何回も同じ質問をゆーーっくり
私がわかるまで聞いてくれたました。
いろんなものを指して、それをスペイン語でなんていうか
教えてくれて、めっちゃいいスペイン語の先生になってくれました。
その中でもとっても仲良くなった8歳の女の子と11歳の男の子が二人して私の手を引っ張ってくれて、少し丘の上まで行って
フルーツを木から採ってきてくれました。(すんごく酸っぱかった!!!😂)
とーっても力持ちで、私を引っ張る力もハンパないし
それができるっていう自分たちを信頼する気持ちもハンパない。
たくさんのエネルギーを受け取りました。
でも、多くの子達が顔や手や足に、傷があって
それは、遊んだり転んでできた傷ではなく、
暴力によってできた傷のようでした。
コミュニティーの中には、どんなドラックも手に入る場所があって少し年齢が上の若い子達は、よくそこに集まっているそうです。
そして、親の姿はほとんどコミュニティーの中で見なくって、
それはなんでかっていうと、みんな家の中でいろんなサブスタンスを摂取して過ごしたりしているからみたいでした。
La redadaの人たちは、ほんとうにいろんなことが大変すぎて、いろいろちょっと煮詰まっているんだって話していました。
彼らの置かれている状況と、彼らの力強さ。
今は、今すぐにでも彼らのところに帰って、
一緒に住みたい。
住むのに本当に過酷な状況なのはわかっているけれど
なにかできることはないかって考えた時
外から勝手に考えるのではなく、一緒に時間を過ごして
彼から学びたい。
だから、一緒に住みたいって、本当に思う。
車イスだとさらに大変な場所だけど
コミュニティーにも車イスの子や歩いているけれど脳性麻痺を持っている子も一緒に住んでいました。
残念ながら、その子達とはたくさん話すことはできなかったけれど。。
それも含めて、本当に戻りたい。
Ramirez から一望できるボゴタ市街の景色。
2017年12月5日火曜日
La Redada のこと。
この前Facebookでシェアしたビデオの場所、
Ramirezについて書きたいと思いますが、
その前にその場所に出会ったきっかけの、
La redadaという若者たちの溜まり場に訪れたことを書こうと思います。
世界中に”Info shop"というちょっと変な面白い人たちが
集まる場所があります。
各国の”Info shop”の情報が載っている雑誌を持っている友達が
ボゴタにもそんな場所があるよと教えてくれたので、
コロンビアでなにをするか全く調べてこなかったけれど
そこに行こうとだけは、決めていました。
でも、ネットで場所を検索しても、なぜか2箇所候補地が出てくるし、最新情報を見つけることができず、
やっているかやっていないかもわからない状態でした。
最初、友達は行くのをとっても躊躇していたけれど
腹をくくってくれて、一緒に訪ねにいきました。
ついたところは、グラフィティーがいっぱいの細いドア。
中からヒップホップの音楽が聞こえてくるけれど
かなり怪しい感じが伝わってくる。
ここまできたのだからと、ノックしたら、
男の人がドアを開けてくれました。
カフェみたいなところを想像していたら、
廃墟を改造したアトリエみたいな雰囲気で
ブレイクダンスを踊っている人や、
何かのアートをしている人たちがいました。
奥に進むと、輪になって話をしている若者たちがいました。
話せないながらのスペイン語とネットの翻訳に頼りながら、
なぜ、私たちがここに来たかという理由を伝えたら
その中の一人の人が英語を話せて
その場所のこと、彼らの活動のことなど、いろいろ教えてくれました。
その活動の一つが、Ramirezというコミュニティーに毎週土曜日に行って、そこの子供達とサッカーをし、ご飯を作って一緒に食べるというものでした。
数日後が土曜日だから、よかったら来てみない?という
お誘いをもらって、即答で行く!と答えました。
友達も私も、そこからは土曜日が待ち遠しくなりました♡
2017年12月4日月曜日
旅と書くこと。
旅の様子をブログで報告しまーす!といいつつ、全く更新しておりませんでした。
インスタとかフェイスブックとかの投稿は綺麗に加工されているものが多くって
私も”綺麗な部分”だけを切り取った言葉しか、頭に浮かんでこなかった。
夏休みで、南米にきて、3年ぶりの友達に会えて、とっても楽しい!!
ってだけ、伝えたかった。
でも、旅ってそんな簡単なことじゃない。
コロンビアでは、私(日本)友達C(スウェーデン)友達M(コロンビア)と
3つの全く違う文化で育った私たちが一緒になって過ごしている。
2人にとっては新しい環境で、1人にとっては生活空間で
東アジア、南米、北欧っていう3つの違う文化の中で
どうやってお互いにとってベストな時間を作り出すか考えること。
毎日お互いの気分によってその日の様子も左右されるし、綱渡りみたいな気分になるときだってある。
毎日かなりぼこぼこの道を長時間車イス押すのだって大変。
乗っているのだってガタガタで、体痛くなるけれど
ある意味日本の文化のいいところであり悪いところの、「和を保つ」みたいな精神で
私は自分が疲れても疲れたっていうのが苦手。(顔に出ているかもしれないけれど。)
でも、友達は、「もーーー超疲れた!」ってすぐ言うから、こっちもさらに疲れてくる。
でも、そうやって、疲れたとか、ネガティブな感情もお互いに言い合えるからこそ
いろんなことがもっとリアルになる。
南米にきているってだけじゃなくって、ほんとに違う環境の中にいた3人が
同じ空間を共有して、お互いと向き合ったりバランスとったりした
そんな時間だった。
だから、観光とか、どこどこにいったとか、何を食べたとか、そういうことより
語り、考え、感じ、悶え、すっきりし、また悶え、語り、、、みたいな
そんな2週間だった。
だから、どこどこに行ったっていうことや、南米ならではの楽しい話もたくさんあるけれど
それを書こうとすると、表面上の言葉になってしまって、すっきりしなかったから
何も書けていなかった。
そんなうちに、時間は飛ぶように過ぎて、今日でコロンビア最終日になってしまった。
今、3人で同じ机に座って、それぞれこれから先の為の準備をしている。
3年ぶりに再会し、次はいつ会えるかわからないけれど
この2週間、同じ時間を共有できて本当に良かったって、今は心から思える。
車イスで旅をするということは、一人で好きな場所に自由に行けないということ。
一緒にいる人との関係性の中で全てのことが進んでいく。
それは、ある意味人間らしくって、
人によっては勇気のある行動や、美しい物語に見えるかもしれないけれど
私にとってはそれが当たり前で、感動物語にするのはもぞがゆい。
だからこそ、飾り立てた言葉じゃなくって、本当の言葉を使って、
これから、時系列は前後してしまうかもしれないけれど、今までの旅の様子と
これからの旅の様子を改めて、報告していきたいと思います◎
インスタとかフェイスブックとかの投稿は綺麗に加工されているものが多くって
私も”綺麗な部分”だけを切り取った言葉しか、頭に浮かんでこなかった。
夏休みで、南米にきて、3年ぶりの友達に会えて、とっても楽しい!!
ってだけ、伝えたかった。
でも、旅ってそんな簡単なことじゃない。
コロンビアでは、私(日本)友達C(スウェーデン)友達M(コロンビア)と
3つの全く違う文化で育った私たちが一緒になって過ごしている。
2人にとっては新しい環境で、1人にとっては生活空間で
東アジア、南米、北欧っていう3つの違う文化の中で
どうやってお互いにとってベストな時間を作り出すか考えること。
毎日お互いの気分によってその日の様子も左右されるし、綱渡りみたいな気分になるときだってある。
毎日かなりぼこぼこの道を長時間車イス押すのだって大変。
乗っているのだってガタガタで、体痛くなるけれど
ある意味日本の文化のいいところであり悪いところの、「和を保つ」みたいな精神で
私は自分が疲れても疲れたっていうのが苦手。(顔に出ているかもしれないけれど。)
でも、友達は、「もーーー超疲れた!」ってすぐ言うから、こっちもさらに疲れてくる。
でも、そうやって、疲れたとか、ネガティブな感情もお互いに言い合えるからこそ
いろんなことがもっとリアルになる。
南米にきているってだけじゃなくって、ほんとに違う環境の中にいた3人が
同じ空間を共有して、お互いと向き合ったりバランスとったりした
そんな時間だった。
だから、観光とか、どこどこにいったとか、何を食べたとか、そういうことより
語り、考え、感じ、悶え、すっきりし、また悶え、語り、、、みたいな
そんな2週間だった。
だから、どこどこに行ったっていうことや、南米ならではの楽しい話もたくさんあるけれど
それを書こうとすると、表面上の言葉になってしまって、すっきりしなかったから
何も書けていなかった。
そんなうちに、時間は飛ぶように過ぎて、今日でコロンビア最終日になってしまった。
今、3人で同じ机に座って、それぞれこれから先の為の準備をしている。
3年ぶりに再会し、次はいつ会えるかわからないけれど
この2週間、同じ時間を共有できて本当に良かったって、今は心から思える。
車イスで旅をするということは、一人で好きな場所に自由に行けないということ。
一緒にいる人との関係性の中で全てのことが進んでいく。
それは、ある意味人間らしくって、
人によっては勇気のある行動や、美しい物語に見えるかもしれないけれど
私にとってはそれが当たり前で、感動物語にするのはもぞがゆい。
だからこそ、飾り立てた言葉じゃなくって、本当の言葉を使って、
これから、時系列は前後してしまうかもしれないけれど、今までの旅の様子と
これからの旅の様子を改めて、報告していきたいと思います◎
2017年12月1日金曜日
浮かんでる迷子
自己愛がない。
足りてない。
軸が揺らぎやすい。
自分への愛があんま無いとき、
まわりの人への愛も無くなる。
そんなときが度々波のようにくる。
いい波のときは愛に溢れられるけど、
沈む波が必ずやってくる。
なにかfaith、絶対的に信じられるものを探している。
いいときも悪いときも
どんな自分とも世界ともいれるような。
わたしがふわふわ浮いていってしまうときに
地面に足をつけられる助け。
きっともうわたしの人生には十分あるんだろうけど。気づかなきゃいけないだけかな。
文化や伝統が後回しになることが多くて、
わたしはすっかりこの世界で迷子になった気分。
思えばずっとそうだったのかも。
ほかのほとんどの人たちが
言われなくてもなんとなく学んできた、
そんな世の中の暗黙の了解てきなものを
ひたすらに見ることができず
ここまでふらふらしてきた感じ。
迷子な気分。
根をはって幹を強くしたい。
今日も愛を探して、ふらふら生きる。
愛はどこからはじまるのか。
わたしは性格からして
こうやって沈みやすい。
シュタイナーは人を4つの性質に分けてるみたいだけど、わたしは確実に憂うつな性質。笑
だから、ちがう友達を見てると元気が出る。
だからこそ自分もこんなんでいいんだろうけど、これっぽっちだと自分を受け入れるのは、やっぱり難しい。
今日も、8年半ぶりくらいに再開した
躍りをすこしやってくる。
足りてない。
軸が揺らぎやすい。
自分への愛があんま無いとき、
まわりの人への愛も無くなる。
そんなときが度々波のようにくる。
いい波のときは愛に溢れられるけど、
沈む波が必ずやってくる。
なにかfaith、絶対的に信じられるものを探している。
いいときも悪いときも
どんな自分とも世界ともいれるような。
わたしがふわふわ浮いていってしまうときに
地面に足をつけられる助け。
きっともうわたしの人生には十分あるんだろうけど。気づかなきゃいけないだけかな。
文化や伝統が後回しになることが多くて、
わたしはすっかりこの世界で迷子になった気分。
思えばずっとそうだったのかも。
ほかのほとんどの人たちが
言われなくてもなんとなく学んできた、
そんな世の中の暗黙の了解てきなものを
ひたすらに見ることができず
ここまでふらふらしてきた感じ。
迷子な気分。
根をはって幹を強くしたい。
今日も愛を探して、ふらふら生きる。
愛はどこからはじまるのか。
わたしは性格からして
こうやって沈みやすい。
シュタイナーは人を4つの性質に分けてるみたいだけど、わたしは確実に憂うつな性質。笑
だから、ちがう友達を見てると元気が出る。
だからこそ自分もこんなんでいいんだろうけど、これっぽっちだと自分を受け入れるのは、やっぱり難しい。
今日も、8年半ぶりくらいに再開した
躍りをすこしやってくる。
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