2018年10月29日月曜日

お休みのあとで

もうすぐ10月も終わりだね
早いなぁ。

ごちゃまぜライブ、
いいね、楽しそう。
まだあまりライブで
誰でも行きやすいとか
インクルーシブな感じは少なそうだね。

共有してくれるまで
つい考えが及ばなかったけど、
インクルージョンまだまだこれからだね、
コミュニティの色んな面で。

わたしはこの10日間くらい学校休みで
だいぶまったりできた。

絵描いたりドラマ見たり、
落語聞いてみたり、
ブログも書けた。

実は休みが始まる前まで
ずっと緊張状態が続いてて。
書類とか色々重なって、
もう押しつぶされそうになってた。

昔から私がしてしまいがちな考え方だけど、
起こっていることを
ある意味鵜呑みにしちゃう。

競争的な環境ではとにかく競争に集中したり
優先順位がついつい
宿題や書類になっちゃったりする。

今の社会のシステムのメッセージを鵜呑みにしたら
自分のこと本当に関係ある、大事だって
思えないものだと思う。

そして人を分断するようなものだったり、
人生はなにか関係ないものを
とりあえずこう頑張るもんなんだ、
ていうメッセージだったり。

それを最近ようやく実感できて
だんだん自分が好きなように
デザインし直していけるのかなと思う。

自分に対して人に対してとにかく指摘しちゃう
小さな批評家みたいのも
中に住み着いちゃってるけど
だんだん自由になっていけたらいいな。

少しずつ、なってるつもりなんだ。
人との繋がりももっと大事なものだって
感じれてきた。

優先順位も自分とかまわりの人とかが
ほんとに大事だなとか
色々戻ってこれた気がする。

なにかと無理が少なくなっていい感じ🍵
どうなることかなぁ。
まぁゆっくりやってきたいな。

実は昨日の夜から今朝まで
雪が降り続いて、少し積もってたよ。

もう…と思いながらも
インドアな季節がなんか楽しみ。




では

2018年10月28日日曜日

ごちゃまぜライブ

今日は、私が今学期研修してる団体で働く同僚?先輩?が

企画した、「普段はライブとかにくるチャンスがあまりない人も来やすいライブ」に行ってきた

私の研修先の団体は、主に知的障がいを持った人たちが、

もっとコミュニティとつながりを持つことや、社交的なことを充実するためのお手伝い

それから、アートができるめっちゃ居心地のいいアトリエを運営してる。

私たちが関わる人たちは、たいてい夜お出かけできないし、移動手段も限られてるから遠出もできない。

だから、今回は日曜の午後、地域の交流会館みたいなところで、お酒なしのハードロックライブ。

4つのバンドが出演したのだけど、どのバンドもめっちゃクォリティ高かって、聞き惚れた。

始まったばかりの頃はみんな様子見てる感じだったけど、途中からみんなステージギリギリまで近づいて

たくさん一緒に踊った。

車イスを右に左に動かして。飛び跳ねてみたら、めっちゃ手を握る力が強かったり、みんなそれぞれ。

バンドのファンの人たちと、ライブなんてきたことがないような人たちと

普段だったら出会わないような人たちが同じ空間を共有して同じことを楽しむ。

1人でいる人がいても、誰かが近寄って、1人にさせてない、そんな場面を何度もみた。

この人がこの人の介助者、とかそういうのじゃなく、会場にいる人たちみんなが、みんなのためにいる感じ。

これこそが、コミュニティだなぁって思って、じんわり暖かい気分になった。

一緒に行った友達の娘さんがもうすぐ2歳で、彼女もまーーーったく怖いもの知らずで

たくさんの人に抱っこしてもらったり、ステージ真ん前まで行って爆音の中踊ったり

めっちゃ自由な姿見せてくれて、カッコよかった。

いい音楽と、いい空間と、いい人たち。

素敵な日曜の午後をありがとう。




2018年10月15日月曜日

Own it

マオリの友達と、日本とマオリの文化の違いについて話してた。

Conflict is good っていう話をしてから、日本の文化は、

「和を保つ」っていうことが重要視されているから、対立しあうようなことはしないんだなぁーって思った

っていう話をしたら、「え?!和を保つ?!それなに!?」っていう反応が返ってきた

彼女曰く、彼女の文化ではみんな「同意しないことに同意している」から

たとえ、自分しかその意見を持っている人がいなくても、自分の意見を曲げない。

そんでもって周りも、「あんた間違ってるけど、ま、それを含めてあんただ」

って、その人を輪(和)から外すことをしない。

誰も置いてきぼりにしない文化なんだ。って話していた。

そんでもって、噂話はするし、大きなドラマを作り出すことも大好きだけど

それは、人を、その人の選択や社会的地位や行動で判断するっていうこととは違うそう。

恥じらいとか、申し訳なさとかもないから、

間違っているとか、自分の弱点とか、見苦しいとされることを指摘されても

隠さず、「そうだよ!」って、自分のものとして認めちゃう。

そんな環境で育ってきた。って、話してた。

そんな彼女の、あっけらかんとした強さを、私は素敵だなぁってちょっと羨ましくなっちゃう。

日本の文化は、恥じらいとかめっちゃあるし、すぐ謝るし、本音と建前とか、

あっけらかんとしてるのとは、むしろ反対みたいなところがある。

マオリの人たちが、植民地支配を受けてきた先住民の人たちの中で、一番強く残っているのは

意見を絶対に曲げず、戦い続ける姿勢、そして、「誰も置いていかない」という結束が

あったからなのかなぁ。なんて。

でも、だからと言って問題がないわけじゃなくって。


私は、自分の弱点が「(自分の弱さや失敗を)自分のもの」として、認めて

それも含め、私だ。けれど、私は私が誰であるか自分が一番知っているから、他人にとやかく言われる必要はない。

という強さを持っていないところって思ってたけど

彼女は、そんな人に見えるけれど、だからといって物事楽になるわけじゃないよーって

言ってて、そうか。

他の人が羨ましくなったり、あんな人になりたいと憧れたりするけど

よく見えても完璧なんてなくて、「自分のもの」にしたからって

問題が全て解決するわけじゃないんだなぁーっていう

ごく当たり前なことに気づいた夜でした。

まる。

2018年10月12日金曜日

紅葉の季節だよ

おはよう。
相変わらず、久しぶり。





すっかり紅葉の季節。
葉っぱが風で落ちてくる瞬間とか
地面もあったかい色の
じゅうたんみたいで、
見とれる。

今はカナダの小さな町で学校に行ってるけど、
こっちに来てからの生活は、
まわりの人に支えられながらも、まあまあいいかんじ。

自然に囲まれて
自分の大きな空間があって
大好きな二人が下の階に住んでて
一緒にのんびりしたり
お弁当も作ってもらっちゃってる。

ホームの環境でいえば
この上なく快適で、ぴったりの環境。

羽美が言ってる広い世界は、
わたしにとっても3年前から必要なものだった。
救われてきた。

わたしが変わるのと同時に、
並行するようにまわりも変わる。
おもしろいな。

学校はというとなんだか相変わらず。
学んでいることは最高なの。
未来の教育のこと。
未来といっても、
もう世界中でどんどん動き出してる。

それを学んでるのに
今の授業や学校のシステムの下で、
クラスはわたしたちが授業で話すような、
思い描くようなものとはだいぶ遠い。

昔のシステムのフレームの中でやってるからかな。
生徒にも先生たちにも、厳しそうだ。
未来の教育の話をしてる人が、
好きなわけない。

歯車がギシギシ. . .

チームワークよりも個々。
内容よりも形式。

まだまだシステムはそんなんだし
理想の環境なんてそうそう無いから
こっちが遊び方を変えなくちゃ。

自分はこの機会をどんな風に使えるんだろう。

すこし落ち着いたから、
そんな風に考えていきたいところ。

正直わからないけど
困るけど

うむ
がんばろ
楽しもー

波菜恵

2018年10月9日火曜日

広い世界で。

この数日間、頭から離れないことがある。

数日前にツイッターでフジテレビが新しい「タイキョの瞬間 〜出ていってもらいます〜」

という番組を放送したことを知った。(https://www.fujitv.co.jp/b_hp/181006taikyo/index.html)

タイトルからしてとても差別的で、同時に、東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に

収容されている、日本に移民するためにやってきた人たちの現状を聞いてきたから

日本の入管がしていることを無視して、海外から来る人に悪意を煽るような番組のタイトルにゾッとした。


私は留学生として、日本の外で勉強している。

高校の時から、チャンスと努力で、今は大学生。

こっちに住んでいる期間が長いから、もう海外に住んでいるということすら意識していない時の方が多い。

でも、ビザの問題や、その他にもいろいろ海外に住んでいるからならではの問題に日々直面する。

だけど、ニュージーランドは、日本に比べて、というか、比べ物にもならないほど、

多文化共生が成り立っているし、大変なことがあっても、救いがある。


私は、小学校には登校拒否し、6年中5年間はフリースクールに通ったり自由に過ごした。

私には、学校以外にも世界があるという、選択肢があった。

そして、デンマークや、今、ニュージーランドに住むチャンスをもらって

世界が広いことを肌で感じさせてもらっている。

どこか一つの場所で、うまくいかないことがあったり、馴染めなかったりしても

世界は広いんだから、また、新しい生活を築いていける。

もしかして、他の国に行くという選択は、自分だけの願いや選択ではなく、

国の状況や、家族を支えるため、その他いろーーーーんな理由があるのかもしれない。

でも、そんな色んな理由を含めても、世界は広いのだから、生きていける場所を見つけられる。

グローバル化にいいことがあったとしたら、これはいいことだと、私は思う。

海外で暮らすってとってもハードルが高いことのように思えるけれど、

色んな人が色んな方法で、海外に出てきている。

方法は一つではなく、絶対に叶えたいと思ったら、できることだと私は思う。



なのに、日本の入管は、本当に本当に厳しい。

年間、難民の受け入れも100人にも全く達していない。

2007年以降、入管に収容されている間に死亡してしまった人は13人、うち5人は自殺だったとのこと。

(弁護士ドットコムニュース参照:https://www.bengo4.com/kokusai/n_7782/)

たくさんの日本人が世界の国々に受け入れられている中で、

日本入管の他の国から来た人たちの扱いに

憤りを感じる。

留学生として、入管に収容されている人たちと、ある意味立場が似ているから、

その不公平さに、心が潰れる。

この番組のタイトルにも、内容にも、そうした日本に働くためや、住むために来る人たちへの

内面化された態度が現れているようで、なおさら怖い。

メディアは、人の考え方を形どる力を持っているから。



こっちでたくさんの他の国から来た留学生たちと出会う中で、

世界の多くの国が、実は多文化の中で生きていると知った。

海外の人たちを受け入れることは、文化や社会のあり方を変えられるというようなことでは全くないし

日本には、もっと多くの人を受け入れ、シェアするだけの技術と資源があると思う。

海外に旅行に行きたいとか、住んでみたいと思っている人たち全てに、

そして、そう思っていな人たちにも、海外から日本へ移民しようとする中で、

すごく大変な立場に置かれている人たちの現実を知ってほしい。

「広い世界」が多くの人たちの現実でありますように。



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