お久しぶりです。
最近、雪がすごいですね。
この頃はほとんど元気です。
よかった~😌
何がどうなってたのか、今ではわからないけど、
今まではずっと絶えない不安に埋もれて
生きてきた感じです。
どうやらそこから抜け出せました。
わたしと似ている親友が「前までは自分が居なかった」て言ってたけど、わたしも同じ感覚で。
いまここに生きてる感覚みたいのがあまりありませんでした。こういう社会の若者にはよくあるかな。
そう、今月20日は誕生日でした。色んな仲間にお祝いしてもらって嬉しい。
日付が変わるときには、ちょうど帰国しているうみと一緒に過ごせて、ほんとに素敵な日だった。☺♥
うみと出会ってまだ3年も経っていないけど、地球の裏にいることがほとんどだけど、
わたしがどんなに明るいときも暗いときも変わらずいてくれる存在にたくさん救われてきたよ。
じゃないと、このトンネルみたいのからも抜けられなかったなぁ。
一緒にくだらないことして笑ってるのもすごく好き。うみといる時間は人間くさいというか、動物的でもいられるというか、好き😌笑
ずっと書かなかったから、書けることなら山ほどあるけど、これくらいで。
今日はまた本を読んだり、ギターを練習したり、講演会に行ってきます。
母と2人の平凡で愛しい日々です。
ではまた☀
ななえ
2018年1月30日火曜日
2018年1月8日月曜日
旅を終えて:母のこと
明けましておめでとうございます。
ラテンアメリカの旅を終え、今は日本に帰る前に途中のロサンゼルスにいます。
旅のことはまだ、言葉にうまく表せないけれど、旅での母との関係のことについてまず
書きたいと思います。
それから、キューバで感じたことや、それ以外のことも、ぽつぽつ書ければいいな。
それでは、私の旅日記ともうすぐお付き合いください。♡
今回の旅の後半は、母と一緒に時間を過ごし、また母の10代からの夢であったキューバに訪れるということを実現するのが目的でした。
私が家を出てから4年目になって、私たちの関係性もまた変わったことを感じました。
私が生まれた時から、母はとっても心配性でした。
それだけれど、キューバに立つ1日前に私が風邪をひいて熱を出してしまっても
いつもよりも全く心配せず、その日予定していた観光地に一緒に出かけることを
承諾して、お出かけしたので、びっくり。
正直、心配される度にぶつかっていたのに、心配されないっていうのがなんだか物足りず
驚いた私は余計にこれでもかというほど熱が上がり、夜には40度くらいになってしまいました。
そうしたらさすがに心配して看病してくれたおかげで、一晩という驚異の速さで治りました。(笑)
大感謝。
自分自身のままで一番いいっていうのが、彼女のモットーなので化粧もマニキュアも
自分を飾る様なことすべて好きではなく、私が中学の頃から化粧とかマニキュアとかする度に
お互いに対してぐちぐち言っていたのにも、
今回私が化粧していてもマニキュアしてきても、全くのノーコメント。
そして、一緒に時間を過ごすのが目的、とかいいつつやっぱり年越しの時は夜遅くまで
町に出かけに行った時も、早寝が大好きでどんな時でも「早く寝て〜〜」っていう声が聞こえてきたのに
遅くに出かけても、全くノーコメント。
びっくりでした。
自分で言うのもなんだけれど、私は自分の親離れってかなり早かった気がするけれど
母の子離れ大変だろうな、なんて考えていたら、そんなこと、なかった。
今はお互い、それぞれの自分の人生を生きているんだなって感じて
ますますお互いのことを尊重し、大切にして、一人の人として、対等な関係を築けていけてることを感じました。
母が今まで生きてきた人生は、なかなかに壮絶で、彼女の小さいけれど、とっても大きな背中を見て
これからどう生きていくかを考えると、どうすればいいか今はまだ答えは出てこないけれど
旅に出る前にあった、年を重ねていくことへの躊躇(躊躇しても、年を重ねることは待ってくれないのだけれど)が
少し減った気がします。
母は、人とつながることを本当に諦めない人で
私だったら、聞かれたくないかもしれないって、ある意味人をそっとほっといてしまうところ
彼女は、諦めずになんども近づいていく。
今回の旅では、だからこそできたつながりがあったり
いつも離れて暮らしている彼女と、ゆっくり時間を共に過ごせて、とても特別な時でした。
ラテンアメリカの旅を終え、今は日本に帰る前に途中のロサンゼルスにいます。
旅のことはまだ、言葉にうまく表せないけれど、旅での母との関係のことについてまず
書きたいと思います。
それから、キューバで感じたことや、それ以外のことも、ぽつぽつ書ければいいな。
それでは、私の旅日記ともうすぐお付き合いください。♡
今回の旅の後半は、母と一緒に時間を過ごし、また母の10代からの夢であったキューバに訪れるということを実現するのが目的でした。
私が家を出てから4年目になって、私たちの関係性もまた変わったことを感じました。
私が生まれた時から、母はとっても心配性でした。
それだけれど、キューバに立つ1日前に私が風邪をひいて熱を出してしまっても
いつもよりも全く心配せず、その日予定していた観光地に一緒に出かけることを
承諾して、お出かけしたので、びっくり。
正直、心配される度にぶつかっていたのに、心配されないっていうのがなんだか物足りず
驚いた私は余計にこれでもかというほど熱が上がり、夜には40度くらいになってしまいました。
そうしたらさすがに心配して看病してくれたおかげで、一晩という驚異の速さで治りました。(笑)
大感謝。
自分自身のままで一番いいっていうのが、彼女のモットーなので化粧もマニキュアも
自分を飾る様なことすべて好きではなく、私が中学の頃から化粧とかマニキュアとかする度に
お互いに対してぐちぐち言っていたのにも、
今回私が化粧していてもマニキュアしてきても、全くのノーコメント。
そして、一緒に時間を過ごすのが目的、とかいいつつやっぱり年越しの時は夜遅くまで
町に出かけに行った時も、早寝が大好きでどんな時でも「早く寝て〜〜」っていう声が聞こえてきたのに
遅くに出かけても、全くノーコメント。
びっくりでした。
自分で言うのもなんだけれど、私は自分の親離れってかなり早かった気がするけれど
母の子離れ大変だろうな、なんて考えていたら、そんなこと、なかった。
今はお互い、それぞれの自分の人生を生きているんだなって感じて
ますますお互いのことを尊重し、大切にして、一人の人として、対等な関係を築けていけてることを感じました。
母が今まで生きてきた人生は、なかなかに壮絶で、彼女の小さいけれど、とっても大きな背中を見て
これからどう生きていくかを考えると、どうすればいいか今はまだ答えは出てこないけれど
旅に出る前にあった、年を重ねていくことへの躊躇(躊躇しても、年を重ねることは待ってくれないのだけれど)が
少し減った気がします。
母は、人とつながることを本当に諦めない人で
私だったら、聞かれたくないかもしれないって、ある意味人をそっとほっといてしまうところ
彼女は、諦めずになんども近づいていく。
今回の旅では、だからこそできたつながりがあったり
いつも離れて暮らしている彼女と、ゆっくり時間を共に過ごせて、とても特別な時でした。
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