2019年11月19日火曜日

午前二時の思考回路。

この一週間、留学生のユニオンの同僚のお家にお世話になってる。

午前二時近くなっても勉強してる同僚を横目に、
空気で膨らませたキングサイズの上でごろごろしながら、久しぶりにここで言葉を綴ってみることにした。

ななえの大切にしたいことを読んだら、ななえの柔らかくてあったかいリズムを感じられる気がして、
ほっとした。

私は小さい時からとっても楽観的なところと、ちょっとトゲトゲしたところがある。
トゲトゲしたところは、うーほちゃん(母)の前から、特定の人たちの前以外、滅多に出てこない。

家族から離れて住むようになってから、トゲトゲした部分が出てくることはだいぶ減った。
そして、最近は大学の忙しさの中で、楽観的な部分まで、出てきにくくなっちゃった。

一ヶ月前に大学の課程が終わり、終わった四日後から旅に出た。

たくさんの冒険にあふれた旅をしてきたから、それについてもいつかちゃんと言葉にしたいなと思う。
けど、今回はその旅の中でもずっと考えてる

「楽観的な性格、ものの見方」

について、綴ってみようと思う。

楽観的な部分が減ったのは、大学の忙しさのせいだと思っていたけど
楽観的な性格が、周りの人をむしろ傷つけてるんじゃないかって
無意識に怖くなって、隠すようになったのかもって、最近思った。

いや、前々から少し気づいてた。

こんな辛いことがたくさんある世の中で、楽観的な考えを持てるなんて、
現実見えてなくて、傲慢(英語のignorantっていう言葉の方がしっくりくる)な気がしたり
気づかいの足らないポジティブさが、むしろ周りの人を追い詰めてるかもって思ったりして

楽観的であることを、肯定できなくなってきてた。

けど、大変な状況を目の前にした時に、私はどうしても
「どうにかなる!」

って思う。

そして、自分のその思考によってたくさんの経験ができてきたのだと思う。

って思ったけど、私の経験は、私の楽観主義的態度によって得られてきたものではなく
経済的条件や環境的条件によって得られてきたもので
私の性格でここまできたの!っていうことこそ、それは傲慢やなーって思う。

楽観的なのはいいけど、
それによって得てきた経験を、
それは自分の功績、みたいに、他の環境的要因を視野に入れないで語ることが嫌で
楽観的であることすら、怖くなってたのかも。


めっちゃ、自分中でピンときてるんだけど、私の自己分析というか思考回路が
どれだけ他の人に通じるかって、さっぱりわからない。


それも、不思議。
お互いがお互いを理解してるかって、完全に証明する方法だって、ない。

それでも、私たちはお互いを理解したいし、されたくて、言葉や表現を重ね続けるのだね



楽観的であることが、怖くなっていたけれど、ちゃんとなんで楽観的でいられるかっていう
私としての理由を知っていれば、ポジティブさを隠さなくてもいいのかも。

うーん。


2019年11月5日火曜日

ほんとうに大事なことは

ある人が書いていたのを、今日読んだ。


わたしは地球のことは心配してない。
地球はもう既に5回も、ほとんどの生物が絶滅する危機を乗り越えてきたらしい。

それより、人が人間らしくいられないこと
人間味を失っていることが心配。
声を上げる人を煙たがって
まるで目の前で起こってることが見えてないかのように
自らの力で自らの絶滅に向かっている。


これがすこし答えなのかと思った。
地球のためになにができるか
もどかしく思ってた

地球のために直接環境に働きかけるより
まわりの人にあたたかく
そして自然の中で時間を過ごすきっかけを作ったり
話して、聞いて、寄り添ったり
そんなことをできるだけしたほうが
いいのかな、と思えた。

時間の制限も気になるけど
信じて、できるだけを生きるしかないかな
それでも、どうなるんだろう。

焦らずいたいな。
久しぶりに鳥たちと木々に囲まれたところで。



菜々恵

2019年10月22日火曜日

恥ずかしい気持ち、あきらめる心

最近だんだん気づいたのは
恥ずかしいけど
コツコツ頑張ることを、
ちゃんとは知らなかった気がするんだ。

恥ずかしくて、
それができないのは
一番みっともない気がする。

親のせい、社会のせい、自分のせい、
どれも違う気がして、
この気持ちは、ただ行き場がない。

わたしが思う理想は、自分がやりたいと思ったこと、繋がりたいと思った人との関係に
素直に、コツコツ、ねばって頑張ること、
ができる自分だけど

今までやってきたのは、その気持ちの方向に、ちゃんとしたステップも踏まないで飛んで、次の段、次の段、てやるうちに
ほしいことから遠ざかったり失敗して、
とくに人との繋がりは、あきらめるようになっちゃった感じがする。

やり方をどうして教えてくれなかったんだろう、背中で見せてくれなかったんだろう
て、つい思っちゃう。

だから、教育の色々学んで、子どもが自立できるよう、そして色々チャレンジできる関わり方には、すごく共感するの。

でも自分に関してはむなしくて、
これをまるごと受け入れる勇気なんて
いつ湧くんだろう。

だいぶ、お仕事とか、doingに関してはコツコツ頑張れるようになったと思うけど、
人との繋がりをどんどん諦めてる自分に気づいてる。
難しいよー、難しい。。。

うまくいってる部分も、嬉しい学びとかも、ほんとう、たくさんあるんだけどね

いつだって、すこしの間、山に逃げたい(笑)
ニュージーランドでうみちゃんのところに居候して、一緒にたくさんのんびりしたい(笑)
はは、そんなこともたくさん思ってる

書いたらすごくスッキリしたよ。
ここでは素直になれるなぁ。

うみちゃんは、どうしてますか?

🌱


2019年9月12日木曜日

あいだの時間

するすると時間が過ぎていき、もう9月も中旬近く。
明日は、中秋の名月。

今日は、朝から晴天で、研修の帰り道もまだお日様がぽかぽかしていた。
こんなに暖かい日は久しぶりだったから、そのまんまお家に帰るのはもったいなくて
でもお腹が空きすぎたから、とりあえずお家に帰って
その後同居人を誘ってお散歩に行くことにした。

そしたら、二人とも今日は一歩も外に出ていないということで、余計に散歩に行こうと
道をまたいで反対側の大学のキャンパスへ向かった。

ただ一緒に散歩に行くなんて、今年初めてだったかも。

キャンパスの真ん中らへんにある時計台は、私がこの大学に通いたいと直感した場所。
訪れる度に、なんだか初心に戻れるような特別な場所。
いろんなことが重なって、焦っている時も、時計台の下にいると、「大丈夫」って感じがする。長い年月、たくさんの景色を見てきたからこそ、どっしり構えてくれている安心感がある。

そしたら、同居人も、同じように感じるっていう話をしていた。

去年の今頃の私は、大学の生徒会のなかでいろいろあって、忙しくしていた。
一昨年の今頃の私は、大学の生徒会の選挙のためと、大学で行われたメンタルヘルスについてのイベントでスピーチをしたので、忙しかった。
その前の年の今頃の私は、大学に慣れてきた頃で、きっと楽しんでいたと思う。

四年目の今、桜が咲き始めるこの頃を、ここで迎えるのはもしかしたら最後かも。

いろんなことがあったけれど、何も変わっていないような、全てが変わったような不思議な感覚で。

大学を始めた頃よりも、たくさんの経験をしてきたけれど、
最近は、新しいことを始めることに対しての瞬発力や、好奇心が少し減っちゃったのを感じる。

大学の中では、年上な方で、「全てをわかっているべき」気分になるけど
社会の中では、まだまだお尻の青い若者。
これから仕事を始めようってする時に、その変化ってなんだかとても大きくて。

うまくまだ言葉に言い表せないこの感覚、今しか感じないものなのかもしれないけど、
むずがゆくって、むずがゆい。

これから、またいろんな世界が広がってゆくはずだけど
なんだか、こんなもんかって現実に落ち着かなければいけないような
そんな焦り。

そんな態度でいるのがよくないんだとか思うけど、そう感じちゃっているもんは
しょうがない。

そう感じているんだって、受け止めてからじゃないと
切り替えていくことだってできない。

このむずがゆさ、もっと言葉に残しておこう。
きっと、いつかここを抜け出した時、あぁーそんなんだったなーって思うから。
そうやって未来から見てどう感じるかって考えている時点で、
あんまり悩んでないなぁーって自分でつっこみ入れたくなっちゃう。笑

人生、なるようにしかならないもんね。
たくさんのドアを叩いて、一番ぴったりのドアに巡り会いますように。

2019年9月1日日曜日

いつもうれしい「お家」の話

うみちゃんと電話するときにある時間

うみちゃんと見つめあって
ガードも下げて
話しもしないで
微笑みあってるとき

すごく安心する
不思議な時間
離れててもやっぱり特別に
あったかいお家

それは、話してないときでも
いつも続いてて
あるんだっていうこと


すごく大きな支えで
不思議で
すごく嬉しいこと

♡♡♡

2019年8月29日木曜日

モノに埋もれて

カナダから帰国。
4年間過ごした後で、
相当の量のモノを溜め込んでたみたい。
それはほんと、自分でも信じられないくらい
何個もの箱に詰めてた。

ひたすら寄付したり、
あげられないものは捨てた。
だいぶ頑張って、帰る頃にはスーツケースとリュックと、大きい箱1つに、ほとんど収まった。

それがほんと、信じられないくらい、
たくさんあったんだけどね(笑)。。

だから、実家に帰ってきて
モノが多さに改めて気づいた。
物心ついた時から、新しいものを
代わる代わる、もらってきたんだ。

それを寄付のために箱にまとめてたら、
なんか、むなしくなってきた。

モノがたくさん、ありすぎる。
もう、モノしか無かったみたいに思える。
モノのことじゃなくて、なにか楽しみに生きていけるのかなぁ。

家族としての時間と、エネルギーと、考える力のたくさんを、新しいモノを買うのに使っちゃったのは、悲しい。

びっくりするほど、わたしの周りでは当たり前の感覚だったかも、親から、学校まで。

すれ違った小学生を見て、
そういうことから、できるだけ自由でいてねって思った。
大人だって、ほんとうはもっと自由でいてほしい。

地球の今は、本当にemergency、緊急事態だよね。
地球にも人にもやさしく、
やっぱりそれがいいって、強く思ってる。
仲間がいて、ほんとによかったよ。
うん、希望を持ち続けたいね♡

菜々恵

2019年8月18日日曜日

Climate Emergency l 気候の危機 ってどういうこと?

日本にいたらあまり耳にしないけれど、ニュージーランドにいたら、ほぼ毎日一回くらいは耳にする「Climate Emergency」ということば。今は、気候の危機状態にあるよってこと。いろいろ考えるけれど、まとまってない思いを書き出してみることにした。

私が初めて環境問題を意識したのは、たぶん9歳くらいの時。

アル・ゴアが監督で作った不都合な真実という映画の本を、誰かがくれたんだ。
同じ頃に、てんつくマンをはじめとした人たちが、世界中で同時にキャンドルナイトをして、電気を節約しようみたいなイベントをしようとしている頃で、
電気を使うことが、環境を破壊していることなんだっていうことを、初めて知った。

白くまさんや、たくさんの動物たちが絶滅の危機に瀕していることを知った。
そして、今になっては毎週平均約128種もの生き物たちが、世界中で絶滅して行っているそう。あまりの数の多さに、それがどういうことか、想像力をもったら、心が保たない。

一つの命が死んでしまうことも悲しいのに、
種全体が絶滅してしまうって、もう、その種の生命と出会えることはないってこと。
この世界から、犬や猫が消えてしまうって言ったら、多くの人は悲しむだろう。
でも、出会ったことない種に対して、同じだけの悲しみを覚えることはできない。
そして、同じだけの悲しみを、毎週128回も感じるなんて、きっとそんな許容量ない。
ないとわかっていても、その悲しみを感じることから、わかること、変えていけることがあるとも思う。


ニュージーランドの上の方にあるそう遠くない島々もどんどん水面が上がっていくのと同時に、島の面積が狭くなってきている。
今はロシアですごい火事が起きている。
日本だって去年から異常な大雨とか、変な天気が多い。
ニュージーランドも今まで竜巻なんて来なかったのに、つい先週北島の方ですごい竜巻があったみたい。


こういう状態をみて、緊急事態だって感じるのは当然のこと。
でも、この緊急事態はどう始まったのだろう。


今の社会のあり方では、環境が保たないっていうのは、私が生まれるずっとずっとずーっと前、50年前くらいからも言われ始めていたこと。

でも、現代社会の「便利」さと、お金をたくさん儲けられる一部の人たちの「利益」のため、この社会のシステムは変わらないまま、やばいかもってわかっていても、
方向性を変えないで進んできた。

でも、人間が自然と共存する生活スタイルから離れて、生きるようになったのは、
世界のどこかによってそれぞれ時間の長さが違うけれど、地球規模の時間軸で考えると本当につい最近のこと。

だから、「今のままじゃいけない」なんていうことは、一つもないのだと私は思う。


気候変動っていうと、まるで自然環境が問題かのように聞こえるけれど、
私にとって気候の危機は、人間が自分・周りの人・そして自然を大切にできなくなった結果。

歴史を振り返って、完璧な時代なんてないし、世界を見渡しても、完璧な文化なんてないけど、ここまでグローバル化されて、人と人とつながりやすくなっているのに、人と人とのつながりが薄く、不平等さが激しい時代は初めてだと思う。


先進国と言われる国に住んでいる人たちの生活水準が保たれるためには、発展途上国といわれる国に住む人たちが、ひどい労働環境の中で働き、自然環境も搾取されなきゃ成り立たない。

それは、片方の人種の方が恵まれていて当たり前という勝手な考えと
人間社会の中には、階級があって、お金持ちはお金持ちであり続けて、貧乏人は貧乏であるのはその個人の責任っていう、勝手な考えと、そのほかにもたくさんの勝手な考えが合わさって、成り立っているシステムだと、私は思う。


だから、環境を守るために、何ができるか考え行動するのと同じくらいに、
私たちが、同じ人間として、世界中の人たちとどうやって共に、対等に生きていける勝手考え行動するのも大切だと思う。

あまりに、いろいろ深刻に思える問題がたくさんあるし、
私が9歳の頃よりも、気候変動の状況も危機が迫っている感じがする。
最近生まれたばかりの子供たちが、綺麗な景色を見られないなんて未来になるのは、絶対にいやだ。


でも、できることはたくさん。
動物製品を食生活から減らすこととか、とにかく全体にいろんなものの消費量を少なくすることとか、その代わりに大切な人と過ごす時間を増やしてみるとか、いろんな本を読んでみたり、世界の人と繋がってみたり。
とにかく、絶望に向き合いつつ、希望は捨てないこと🌱


2019年7月30日火曜日

ほっとする

もう、明日で7月最後だね。あっという間で、びっくり。

今日は、二つの印象的な出来事があって、それとななえの文章も重なって、
あぁ、よかった。心に血が通って、人間に戻れる。って気分になった。

私の言葉、覚えていてくれて、嬉しい。
今も、「障害がある人が生きやすい社会は、みんなが生きやすい社会」って
本当に思っているけれど、なかなかその思いを多くは共有していないっていうのを感じて
不安になることがあるのも事実なの。
だから、ななえが、「わかった」って言ってくれること、とても心強いです。

今日は、ちょっと長い、私の日々感じているちょっとリアルな話。


ソーシャルワーカーとしての研修が始まってから4週間。
最初は日本から帰ってきたばかりで、ホームシックだったり
慣れない環境で、自分が何をするべきかもわからず、迷子な気分だったのだけれど

最近は、ちゃんとしたリズムができてきて、自分がやれることもわかってきて
やりがいが湧いてきた。

けれど、大きな組織の中に入って、ソーシャルワーカーとして働こうとすると
目の前の人をサポートするより、目の前の人を判断し、鑑定(?)するような
立場になっている自分に気づいて、すごい戸惑った。

人と、人としての関係性ではなく、肩書きを通しての関わり合いはとても窮屈で。
思わず、人間らしい対応ができなくなってしまう。

一緒に働いている人たち一人一人、いい人だし、私として関わっている時は
素敵だなぁって思えるのに、役割をおっている姿は、ピンとこなかったり。

人が経済的に困窮するまでには、いろんな社会的要素があるのだけれど
それを飛び越して、「その人個人のせい」ってまとめて、そこからスタートの支援。
っていう感じがどうしてもあって、それがどうしても馴染めなくて。

それで、今日あった印象的だったこと二つについてなんだけど。
一つ目は、これまでの18ヶ月間、ニュージーランドでマオリの赤ちゃんが
生まれてすぐに国の児童相談所の人によって取り上げられるっていうケースが増えているの。
世界中のどこでも、先住民の人の赤ちゃんが、国によって取り上げられ、文化や歴史を奪われてきたっていう事実があるんだけれど、まだまだそれが終わってないことをありありと感じさせられているんだ。
マオリの人たちは、経済的に厳しい状況に置かれていることが多く、そんな中で、アル中などいろんな中毒や家庭内暴力も多いっていう統計もあるんだけれど、それも、マオリの人たちだけのせいではなく、社会のあり方と、ひどい歴史から生まれた現実で。
それを、その人たちをサポートするのではなく、赤ちゃんを取り上げることで、赤ちゃんを守ろうとするのは、むしろ、その赤ちゃんにも家族にとっても、ずっと続く悲しみを生み出す行為になってしまう。
だから、今日、当事者の人が国会に訴えに行くっていうことで、ニュージーランド全国でも、あちこちでマーチがあったんだ。
私が住む街でもマーチがあって、私は、研修先から許可もらって、マーチに参加してきたの。そしたら、マオリの小学生〜高校生の子たちもたくさん参加しにきていて、すごくパワフルだった。若い人たちを囲んで、街の大通りを一緒に歩いて。

「若い人たちが未来を作る」
って思う大人の気持ちが、すごくよくわかった気がする。
おかしいことに、おかしいって声を、迷いなくあげる彼らにとても勇気をもらったの。
彼らは、マオリ語だけの学校に通っている学生さんたちで、
彼らのように文化的なつながりがあり、
それ以外の人と人が助け合えるコミュニティーがあったならば
マオリであっても、当たり前に、人間として尊重されることが可能なのに。って思った。


そしてそのあと、昨年出会った小人症で、私と同じくらいの身長の女性で
シングルで子供を里親として引き取った人が、
その娘さんを正式に養子として迎え入れたお祝いのディナーに行ってきた。
彼女たちも、二人ともマオリで、二人はマオリ語で話している。
集まりには、彼女の近所に住む多様な年齢の人たちがきていて
彼女がスピーチの中で、どういう風にそのコミュニティーの人たちに支えられて
ここまで日々を乗り越えてきたかという話をしていた。

彼女の言葉の中に
「20年前には、障がいを持った女性で、独身で、収入もそんなにないという中で、養子をとるなんてありえないことだった。でも、今それが可能なのは、みんなの力があるからです」って話していて、
彼女がやっていることは、大きく知れ渡ることではないのだけど
すごい革命的なことだなって、思った。
その場に一緒にいられたことが、とても嬉しかった。

その集まりの間じゅう、娘さん含めた子供達は、ずーっと床に転がったり、いろんな人にボール投げたり、走り回って、とにかくたくさん遊んでた。
その周りをぐるっといろんな年代の大人が囲み、みんな優しく、たまに遊んだり、見守っていた。
ご飯使って遊んだりとか、ちょっと危なっかしいことがあっても
怪我はしないようにちゃんと対応するけれど、怒るってことを誰もしない空間で
すごく、すごく居心地がよかった。

「子供を育てるのに村一つ必要」っていう言葉があるけれど、
本当にそうだなぁって思った。
「社会的サービス」として、サービス提供者と、享受者(こんな言葉ある?)がはっきり分かれているのではなく、
同じ地域に住んでいるとか、そういうゆるいつながりの有機的な中で生まれたコミュニティーで、そこに住む人たち同士が助け合う姿が、とてもいいなぁって思った。
マオリの人たちも多かったけれど、白人の人たちもいて、
まだまだ人種差別とかを感じてしまうことだってあるけれど、
それを乗り越えることも可能だし、何より、人と人とがつながりあい助け合って生きていくのが可能なんだって、改めて目の当たりにできて、本当に良かった。

娘さんがあの場所で育てるのはラッキーだけど、
あのコミュニティーにあの親子がいるのもさらにラッキーなこと。
人より少し助けが必要な二人がいることによって、コミュニティーがさらにつながりあい
寄り添う関係を作ってこれたと思うから。

現実はなかなか厳しいところもあるけれど、
希望があることもたくさんあって。
どんな時も、目の前の人を、人として接すること、自分も人間であり続けることを、
諦めないでいよう、と改めて思いました。



宇宙

2019年7月27日土曜日

もっと、生きやすく


(最初のコスモスが咲いてきた:-))

障がいがある人が
生きづらい社会は、
みんなにとって
生きづらい社会だって、
前にうみちゃんに聞いた気がするけど

その意味は今ようやく、ちゃんとわかったと思う

きっとそれは、障がいや、「普通」ていう表面のところを超えて、
人の中身を知ることを大事と思わなくて、
なぜかその余裕すらない社会になっちゃってるから

それを超えた豊かさが、
違いがあるからこその豊かさが、
一人ひとりに絶対ある豊かさが、
見過ごされて、大事にされなくて

表面で命の価値も
評価できるかのような

それでもみんな生きてるから
やっぱりどんどん苦しくなるね


みんなでつくってきた「普通」が
あまりに背が高くて、黒くて、
強い、大きいものに感じるんだけど、

きっとほんとは雲みたいな、
うそで、
受け継がなくてよくて、
わたしたちには
自由があるんだよね

この世代で、どこまで飛べるんだろう

繋がって、一緒になら、できるよね

うみちゃん、
こう思えて、ここまで来れて、
ほんとうに嬉しいの
ほんとうに、ありがとう



菜々恵

2019年7月13日土曜日

繰り返してく

「ゆっくりゆっくり」が繰り返しっていうのは、いいね。
なんでだか、安心するなぁ。

同じことと思っても、それからたくさんのことを学べるから、不思議。
同じことをしても、わたしたちは変わっていってるのも、不思議。

同じことたくさん繰り返して、
できること練習して、
ほとんどできる小さな一歩で進んでいきたいな。
でも同時に、いっつも少し焦っちゃうんだよね。
もっとなにかやってなくちゃ、いけないんじゃないかって。
あとその、「きつきつ思いすぎ」な気持ちにもなるなぁ。

ときどき、大好きな近い人に「もっとやったほうが」て思われてるんじゃないかって、
ついつい考えちゃう。
そんなはずなくて、きっと反対なのに。

それはわたしの頭の中の、
今まで思ってきたこと、心配ごと、
て言い聞かせても、
まだしつこく、それは居座ってるの。

わたしたち育つなかで、
たくさんのメッセージを受け取ってきたね。
「同じこと繰り返してばかりじゃいけない。
次へ、次へ。」

ゆっくり、しっかり育つことは、
前の世代のほとんどには考えられないことだろうね。
でも、疲れるね。
それでも、血を通わせようとするのは、
とっても、えらいことだね。

同じことで笑えたり、ワクワクできたり、
目をウルっとさせることができるのは、
わたしの大好きなことだなぁ。
ただいまって、根っこを感じる。

地球の反対側にいるうみちゃんを感じて、
わたしも元気に生きるよ◎


菜々恵

2019年7月10日水曜日

よんなーよんなー ぴあのぴあの

よんなーよんなー は沖縄の言葉でゆっくりゆっくり
ぴあのぴあの はイタリアの言葉のゆっくりゆっくり
両方とも、繰り返しの音なのはなんでなんだろう。


日曜日にニュージーランドに戻ってきて、次の日の朝8時半から研修1日目だった。
20時間のフライトetcの後、初めての研修先で、たくさん知らない人に会って、
自分がそこでなにができるのかが見えなくって、ちょっと焦った。

でも、慣れるまで、焦らないでまずは日常のリズムを取り戻そうって思ってたから
帰ってきてから、10時前に寝て、7時に起きて、ちゃんと三食食べて。
って今までにないほどの「ちゃんとした」生活リズムを作れてる。

けど、規則正しい生活リズム!ってきつきつ思いすぎて、ちょっと余裕もなくなってた。


私の同居人の一人は、私に悩み相談をよくしてくれる。
余裕がある時はぜんぜんいいのだけど、余裕がないと聞けなくなる時が今までも何回もあった。
そして余裕あるなしに関わらず、彼女が自分の可能性を閉ざし、辛そうにしているのを
みてられないときもあった。
それで、今回帰ってきた時に、「もっと自分の可能性を信じたほうがいいよ」って
突然言ってしまったのだった。
それは、ちょっと相手を突き放すような言い方でもあったと思う。
反省したけれど、新しく始まる日々を前に余裕がなくって、少し距離ができちゃっても
生活が落ち着くまでしょうがない、って思ってた。

だけど、今日、むこうから距離ができた感じがしてさみしいって言ってくれて
そのあと色々話せて、お互いに、また血が通った感じがした。


日々も気持ちも忙しいと、体の血が止まっちゃっているような感覚。
手先が冷たくなる。
けど、ちゃんと心が戻ってきたら、体の先まで、ちょっとぽかぽかしだす感じがした。

これからだって、余裕がなくなってしまうことの繰り返しだろうけれど
その度、こうやって、また体に血が巡れるよう
少し立ち止まろう。


ほんとは、ゆっくりで大丈夫。
ななえちゃんの文章読んで、さらにそう思った。
自分の体にあったリズムを、見つけているって読めて、とっても嬉しい。

ななえや、大切な人たち。
今は、遠くても、繋がっているって知ってるから、心強くなれる。
近くにいる人も、大切にします。
ありがとう◎

2019年7月8日月曜日

でこぼこなリズム

わたしのなかのリズムに
最近しっかり気づけるようになった。
心と体、自然のなかま達が、よく知ってるみたい。
それに耳をすませて、息をして、体を動かすことが
いい1日へのカギみたいだって気づけた。

今の瞬間に生きることが、少しずつわかってきた。
自分のリズムと一緒に生きてくれる人たちがいてくれる。

幸せ。たのしみ。感謝。

わたしもうみちゃんも、
すこし珍しいリズムと個性をもってるね。

毎日、でこぼこ道とか、
ときどき大変なこともあって、
これからも続くね。
でも、周りの人も、これがよかったんだね。


すこし時間差だけど、
わたしも体をつかう表現をもっとやってみたくて、
うみちゃんも言っていた劇団のことも、すこし読んでたよ。

わたしたちが
体をつかって自分たちを表現することの意味も
きっとどこかにあるんだね。
どこなんだろう。
きっと、みんなも待ってるね。


菜々恵

2019年6月26日水曜日

人が好き。

今帰国してる間、手動車椅子だけを使っている。
だから、誰か一緒に移動してくれる人がいないと、私は自力で外に出れない。
一人の時は、強制的にお家に引きこもり。

今日はたまたまいろんな人とのタイミングが合わず、日中一人で過ごしてるのだけど、たまにはそんな日があってもいいと思ってる。こうしてブログも書けるし、いろいろやらなきゃいけない作業や、読みたいものもあるから。でも、どこかで不安を覚える。高いものを取りたくなっても手が届かないとか、もっと深刻な、地震が起きたらどうしようとか。

一人では、逃げられる範囲も、限られてるし。とか。いつもそこまで突き詰めて考えて不安になるわけじゃないけど、日本で一人になるときは、こんなことを考えちゃう。私は単に人が好きで一人になるの好きじゃない、って思ってたけど、こういう時になると、私にとって人と一緒にいるということは、まさに生きることそのものなんだと思う。

だから、人と一緒にいて疲れる疲れないよりも、人といる方が大事。
母はプライバシーが人を一人にさせるって言って、プライバシーが嫌いだった。それは過激だって、私の父や、他にも周りの人がプライバシーを欲しがったけど、今は母の気持ちもわかる。プライバシーだからって、一人になったとき、何かの危機が起きて、死んじゃったらどうしようって。そんなに極端に考えないでも、、考えすぎだよって思うかもしれないし、実際考えすぎな部分もあるし、そうであってほしいとも思うけど、そう感じるのが、歩けない足を持つ私たちの現実なのだ。

もちろん、歩けなくてもプライバシーが大切で、一人になりたいって人もたくさんいるから、私たち、というのは、歩けない人達じゃなく、母と私、という意味だけど。

私にとって、一人になるっていうのは差し迫った危機を感じることで、大げさに言えば、一人の瞬間は死が近い瞬間って感じがするんだなあと思った。でも、別に助けてくれるかはわからないけれど、空港や関わったことのない他人がいる場所で一人でいるのは平気。要は、声をかけられる人が周りにいて欲しいってことだね。

この時間、あの子と一緒にすごせたのにな!なんて思っちゃいながらも
ここからまたしばらく怒涛のような日々なので。
少し、休息いたします。休息できる時間、ありがとう。

2019年6月7日金曜日

旅してる、呼吸してる。

母さんと、電車で旅してる。
オタワからモントリオール、
きれいな景色。
過ぎるのが速いから、撮った一コマはこんな感じ。手まで入ってる。


最近、こんな感じがする。
なにをしても、ありのまま。
そのまま映って、
そのままして、
そのまま返ってくる。

言葉が苦手だと気づいたこの冬。
苦しいこともあるけど
きっと贈り物で、レッスンがある。
それしか言えないときがある
それだけ言うのがいいときもある。

言えないなら、と黙ってたときより、
生きていて、あったかいものがある気がする。
愛はここにしかないかもしれない。

春になって、庭のチューリップが咲くのを見たとき。茎も、花も、へし折られちゃいそうな、弱そうなものに見えた。

でもそれは、雪の下でもずっと、花を咲かせるまで、ずっと待っていたもので。本当にきれいな花を咲かせて。それだけだけど、それでいいんだね、すごく。

生かされてるから、生きたいね。
汚さないで、一緒に育ちたいよね。
空も海も越えて、
たくさん愛を感じてるよ。
そして、たくさん愛を送ってるよ。



菜々恵

2019年5月19日日曜日

みんなかりもの。

この前友達と話していて、彼女が「人が0から作り出したものって、ないんだよね」
みたいなことを言っていて、その言葉がずーっと頭に残って、考えてたんだけれど

確かに、私たちが作るものすべて、地球にもともとあった資源を借りて
いろいろ形を変えて、作ったもの。

何も全くない0から、っていうのはありえない。


すべて何かしらの原子と分子の組み合わせでてきているので、
それは、地球のどこかに既にあったもの。(そうだよね?科学、忘れちゃった。)


私も、水と、食べ物と、確か、17種類の原子でできている。
(人は17種類の原子でできているんだよ、科学を勉強している友達が教えてくれた)

そう思うと、とっても面白い。
私と あなたと なにかの 境目なんかなくなっちゃう。

土や空気や水から生まれてきて
土や空気や水へ還っていく。


ぐるぐる循環していく命。

土をみて ここから生まれてきたのだなぁっーって思うと
とっても愛おしい気分になる。

そして、ここに還っていくのだなぁーって思うと、
それまた嬉しい気分になる。


だから、大地を汚したくない。

生かされているのだから、生きている限り、生きていこう。


そう感じる。

2019年5月8日水曜日

にゃんにゃんの終わりに。

奈々恵、卒業本当におめでとう。

ほっと一息つける日々を送れているみたいで、なにより。なによりです。


実は、今月で私も大学の授業は終わり。後期は、研究と実習だけで授業はないの。

今から今月末まで、毎週4000字書かないと課題が終わらないほど、勉強は忙しいのだけれど、ブログが書きたくなっちゃった。



明日で23歳。年齢なんて、ただの数、と思う時もあるけれど、
社会の見方とか、周りと比べることとか、いろいろなことを、横にちょっと置いて
この体で22年生きてきたんだなーって思うと、体さん、ありがとう。って思う。

22年なんて、まだまだ始まりの方なのだろうけれど、
私が寝て休んでいる時も、一時も休まず働いてくれている心臓や、他の内臓は、
すごいなぁーって思う。

この22年間、ほんとーーーーーーにいろんなことがあるけれど、それを経験できたのも
体さんが動いてくれていたから。ほんとうに、ありがとう。




私は小さい頃から、自分の誕生日が大好きで。
この日に生まれてきたんだ!生まれてきたことを喜ばれてる!わーい!
って思ってた。

ニュージーランドに来てからも、高校の頃は自分で自分の誕生日会を企画して
自分でケーキ焼いたりしてた笑

けれど、高校卒業した後は、ちょっと恥ずかしくなっちゃって、
なんかを企画したりするっていうのをやめちゃったの。
でも、毎年心の中でなんかしたいなぁーーーって実はうずうずしてた。

だから、今年は大学も最後だし、えいっ!って誕生祝いを自分で企画しちゃいました。
先週の土曜日に、大学のサークル棟みたいなところの部屋を一室借りて。
一日中友達が手伝ってくれて、大量のおにぎり、チジミ、ビーガンフライドチキンとか作って。
何人来てくれたか、数えなかったけど、この4年間を通して、
出会った大切な人たちが来てくれた。





友達が、私のための替え歌を歌ってくれて、他の友達がスピーチしてくれて、他の友達は詩を読んでくれて。

正直、みんながちゃんと楽しんでるかな?とかちょっとドキドキしたり、
舞台に立っている時みたいに、ぴんっと気を張っていたところがあるから、
ちゃんと瞬間瞬間を思い出すことができないのだけれど。

でも、私が生まれてきた時のドキュメンタリーを一緒に見たりして、
私も少し話しして。プロジェクターが見えやすくするため、電気を消していたのだけど、
電気をまたつけたら、みんなの目がうるうるきらきらしていた。
集まってくれた友達は、みんなほんとそれぞれ全く違うバックグラウンドを持った人たちが多くて。
そんなみんなが、人ところに集まってくれているのも、とても嬉しかった。


あんまり、お互いがどんな風に生まれてきたかとか、どんな家族の中で育ってきたのかとか
日常の中だと、知り合う機会って少ない。
でも、それを知れることって、とっても貴重だな、って思った。
共有させてくれて、嬉しかった。


明日から、また新しい一年。
私を育んでくれたみなさま、そして出会ってくれたみなさまに、
たくさんの感謝と、愛を込めて、明日もまた目覚めたいと思います。◎



2019年5月2日木曜日

片付けの日々。

もう学校が終わって10日くらいかな。
ずっとやりたかったのに時間が無かったこと、
たくさんあって。
編みもの、料理、散歩。
一息ついて。音楽聴いて、読書とか。
保育士の勉強もほんの少しずつ始めたり。

片付けもしたり、ちゃんと話せてなかった友達と電話とか。

カナダに来てから4年が経つ。
もちろんたくさんの物があって。
仲良かった友達。
今までもらった素敵な手紙、アルバムとかもたくさんでてきた。
こんなにもらったものって、あったんだ。
自分が勉強した跡、ノートも、
思ったよりたくさんだった。

片付けは、こっちでも流行ってる「コンマリメソッド」に、影響されて、だいぶはかどってる。

いろいろ見て思い出したのは
仲良かった友達のこと。

たくさんいい時間を過ごした。
ほんとうに、たくさんの優しさ、刺激、いろいろもらった。
今ではほとんどみんな世界に点々ばらばら。

ずっと動き回って、たくさんの出会いと別れを経験したけど。やっとわかったかな。

なんていうか、できなかったことは、やらなかったことなのかなって。

関係をキープ、友達をケアするというか。
そういうのが下手くそで、
でもやっとわかったかな。
きっと、それも「やればできる」んだって。

難しいんだろうなとか、なんか怖いとか、
そんな気持ちがずっと捨てきれずに人と関わってきた、これからもそれはあってもいいけど。

悲しい別れ方は、やらずに後悔は、もうしないでいいかと。
やってダメなら、ちゃんとさよならできるしね、きっと。

さ、まわりにいる人もっと大事にできそう。
時間がかかったね。
でもその深さがわかってることが、きっと大事だね。
これからも、頑張り次第。
みんなの優しさへの感謝は、そうやって、また誰かに渡していきたいよ。

これ、散歩でよく行く公園より。
わたしの中の「カナダ」の風景は、
まさにこれかも☺️!

淡水、川や湖の面積が世界一らしい
カヌーも先住民の人の知恵で。
🌱




菜々恵

2019年4月25日木曜日

春が来て、学校も終わった。

もうだいぶ春らしい天気になった。
雪はすっかり溶けて、
鳥はもっと鳴いてるし、
たくさんの木につぼみがでてきた。
虫もでてきたね、色んなやつ。



これは遠いけど、何のつぼみかわからないけど撮ったやつ。
あったかい日には外で読書できるようなお天気だよー。

学校が先週で終わったよ。
最後の2週間くらい、ほんとに忙しかった。
わたしも、クラスメートも、よく頑張ったなぁ。
実習は最後までほんとに素敵なところだった。

とってもいいメンターの先生が付いてくれた。
失敗すること、段階を踏んで成長することが、当たり前の環境だったから、
大人も子どもも、とても居やすくて、成長するのにいい環境だった。
モンテッソーリを軸にした学校、いい縁があったと思う。
今思えば高校を出てバイトしてたところも、モンテッソーリの考えを入れてた。

クラスメートとは、グループプロジェクトをやるから
しょっちゅう集まってたんだけど
みんなの話を聞くたびに、またこれも縁のあるグループだってわかって。

メンバーは、わたし含めて、みんな保育士としての情熱がすごくある。
あと、みんな子どもの頃、とくに家庭内でなにか辛い思いをしてた。
家庭内での空気感がかなり緊張していたら、子どもも緊張するし、自分を責めたりする。
とか、みんなトラウマ並みの思いを抱えてて。

うみちゃんの「痛い」のはなし。
痛い、は生きて「いたい」だねって。
それと重なる。

みんなよく生きてきたなと思うの。
自分だけじゃないんだって、あらためて知る。
それでも「もっと子どもたちにいい環境を」
って、前を向いてるのが、きっと希望だね。

わたしも、みんなも、
まっすぐ前に、ずっと力強く来た訳じゃなくて、
立ち止まったり、弱いところもある。
けど、仲間がいるって、ほんとに強いね。

心の傷は、体の傷とちがって、
何度もかえってきたり、癒えるのが難しい、
うみちゃんが言ってたこと。
ほんとだね。
きっとみんなこれからも付き合っていくんだ。

傷が何度も思い返せるように、
いい思い出達も、希望をもったことも、楽しみなことも
鮮やかに思い出せるね、そういえば。

実習で見た環境、出会った先生たち、クラスメート、
教育の可能性とワクワクは
わたしがこれから思い出す、心の栄養だと思う。

わたしは、前を向いたと思えば、またピタッと止まったり。
進んでるけど、たまに迷子になりそうになるよ。
仲間のこととか、そういう栄養のこと、思い出したら大丈夫じゃないかな。





これは、わたしが追加で取ってた "Eco-Mentorship Certificate"コースの、最後の宿題。
子どもたちと自然のなかでどんな遊びやプロジェクトができるのか、学ぶコースだった。
これからの実践に、自然を"編み込む"ことを誓うためのやつ。

作るの楽しかった!仕上がりもいいね。
自然のなかで子どもたちと色々できる、と思うと、これからが楽しみ :)


菜々恵

2019年4月15日月曜日

痛める体と痛める心


実は、クライストチャーチの銃撃テロの次の日の夜、友達がしてくれたマッサージで
少しだけ肋骨にヒビが入った。

でも、ヒビだと思わずに、揉み返しで筋肉が痛いんだと思ったから、
次の日はビーチに行ったり、ピクニックしたり、母と電くる(電動車椅子)に二人乗りしてモスクへ行ったりした。

そしたら、夜中激痛で息ができなくて、目が覚めて、筋肉ではなく骨折だと気付いた。

骨が弱い体質だから、今まで15回くらい骨折したことあるけれど、いつもは左足の大腿骨で、肋骨は折ったことがなかったし、骨折自体11年ぶりで、ニュージーランドでも初めての骨折だった。


あまりの痛みに、息をするのがせいぜいで、柔らかいベット上だと余計に骨が安定しなくて痛いから、床に寝れるよう母がヨガマットと布団を重ねてひいてくれて、ゆっくり移動した。

床に降りたら、ほんとにちゃんと骨が固定されたこともあって、やっと痛さとともに涙が出てきた。

痛すぎるから、「痛い」以外の言葉をあまり発せれない中、「痛い痛い」と言っていたら、母が横で、「痛い」は「生きて【いたい】」だね、と言った。

クライストチャーチで亡くなった人たちの痛みと、生き残って、入院している人たち、
そして家族やその周りの人たちの痛みを思って、さらに泣けた。

痛める体を通して、今深い痛みと悲しみの中にいる人たちとつながれる気がして、
このタイミングで骨折したこと、自分が骨折しやすい体であることが、私は嬉しかった。

嬉しいなんて、不謹慎って思われるかなとか、少し思うけれど、生きていてしか感じれない痛みが、嬉しかったのだ。

体が、強烈に生きていると言っていた。

骨折の痛みは、慣れているから、痛いとしか言えず、涙がとまらなくても、この痛みは去っていくと、ちゃんと頭の中ではわかっている。




それに比べて、心の痛みは、寄せては返す波のように、目に見えて、体で感じて、癒えることが難しい。


骨折している間に大変だったのは、同居人たちと母の関係だった。

家族に介助してもらいたくないと思う人がいるように、私も同居人たちにあまり頼りたくなかった。

ラッキーなことに、私が骨折していなくても、私が授業に行っている間など母と一緒にいてくれるよう、毎日別な友達が家まで来てくれるように計画を立てていたので、日中の間は、ほぼ誰かの助けがあった。

けれど、朝一とか、たまにある日中の人がいない隙間や寝る前など、同居人たちに頼まなければいけないこともいろいろあった。

特に、寝たきりだったから、トイレにも自分で行けなかったので、おしっこをトイレまで運んで流してもらわなければいけなかった。

骨折したと伝えた直後は、すごくいろいろ心配してくれた同居人たちは、忙しかったり、「お願い」するのではなく、「指示」するように頼む母の言い方も重なり、自分のペースじゃないスピードで頼まれることが負担となって「頼まれたくない」っていう雰囲気を醸し出すようになっていった。

頼まれたくなさそうにしているのをみると、障がいを持った「自分」を否定されているように感じる母がいた。

母からは同居人への愚痴、同居人からは母への愚痴を、たくさん聞いた。

正直、私が寝たきりにならなければ、起きなかった状況だけれど、それでも自分が寝たきりであるということを、悪く思わなかったし、新しい修行や、くらいに思えた自分を褒めておこう。笑


母は、小さい頃に施設に住んでいて、そこで、同室だった子たちが、看護師たちがおしっことうんこをする時間を決めて、それ以外は手伝わなかったせいで、

膀胱炎になったり、すごい臭くなったり、たくさんひどい目にあってきたのを見ていて、
おしっことうんこに関して、人が関わろうとしないことへ、怒りが湧いてくるのだ。

同居人たちは、大学が始まったばかりで忙しくなってきて、自分の生活とのバランスを頑張ってとろうとしているのと、それぞれの母親から指示されているような気分になって、
辛くなってしまったのだ。

どっちの気持ちもわかる私は、ただ黙って聞くことに徹した。それしかできない。


でも、たくさん同居人の話を聞いた後、障がいを持って生きるということ、生きる基本のそんなことも、人の手が必要だということ

それが、私の人生なのって、「Welcome to my life」って伝えたら、泣けてきちゃった。

そして、その後、母にも、同居人のことを大切にしたいから、ちゃんと時間を決めてお願いをすることと、言い方を優しくしてほしいということを伝えて、また泣けた。



いろんな状況の渦中にいると、よく考えられないような感じがするときもあるけれど、
今回はなかなかベストを尽くせたと思う。骨折して動けない状況だったのにもかかわらず。

おかげで、両方ともの関係性が難しい感じがしちゃって、心折れそうな気分になった瞬間もあったけど、今はまた両方ともと仲良し。


骨折してから、ちょうど明日で一ヶ月が経とうとしている。
痛みはもうなくなったけれど、前より体の使い方を気をつけるようになった。

私が自分で体の使い方を気をつけようとすることによって、同居人や友達たちも、前より手を貸してくれるようになってきた。
一人頼ることは、悪いことじゃない。
「全部自分でやってこそ自立である」って、そんなメッセージがどこからか、私の中にも埋め込まれていて、自分でやったほうがいいんだって、肩に力が入っていたのを実感する機会でもあった。

動けるようになって、また自分でやっちゃいたくなってしまっている自分を感じる。
でも前よりそれがはっきりわかるようになったから、もっともっと、人に手を借りていこう、と思う。

一歩、一歩ね。



お友達がお見舞いに持ってきてくれたお花を、ドライフラワーにしてみてる。

宇宙

2019年4月6日土曜日

水平線の向こう

水平線の向こう、
わたしが行ったことがなくて、
行くことが想像できないような
何歩も先にいる人たちと、
いま実習で一緒に働けてるよ。

もうひとつの意味で
水平線の向こう、
今まで自分がやれると思ってたよりも
頑張れるようになったり。
それは気持ちとイメージ次第で変わるみたいだね。

いまいる場所に希望もあれば、矛盾もある。
それでも先に進みたいっていう気持ちが、
やっと自分のなかで居場所を見つけて、育ってきてる気がする。
イメージが変わっていってる。

昔からのクセはなかなか変えられなかったり
傷を思い出すこともあるけど
思い出すたびに共感していたい。
そうじゃないと、わたしは人に優しくなりきれない。

どうしてそれでも頑張るんだとかも
いろいろ思ったけど、
人自体が、健康な状態だと
ほんとうに優しくて、面白い生きものだからじゃないかと思う。
くせになるっていうか。

実習で毎朝教室に入るなり「一緒にまたストーリーのやつやろう」と言ってくる女の子がいる。

わたしが本を読み聞かせて、その子はその情報を入れた文章を作り、その綴り、書き方を一緒に考えていくやつ。

毎日、ゆっくりだけど確実にうまくなってるし、やる気も、集中力も増してる。

ほんとうに確信してるのは、
しっかり時間と手間をかけて、
その子にあった方法と空間で、
年齢にあったすき間(遊び!)もちゃんとしたら、
ぜったいに子どもはすくすく育つこと。

みんなうまくなりたい、
いい時間をすごしたい。

それを支える十分な知識と時間が大人に、
そして環境として空間も作れたら。

大人がそれを精一杯したら
子どもはすくすく育って
大人を癒やしてくれるでしょ?

その静かに強い大人たちは、何歩も先にいる
一瞬一瞬をしっかり感じてて、
嬉しかったらしっかり喜んで、笑って、踊って、
間違いにはみんなちゃんとできるでしょ?
て、信頼してるように、しっかり向き合って。

うみちゃんの言葉を借りて、
ひどいことも辛いことも
多い社会のなかで、
かっこいい人を1人でも多く知ってることは、
とっても心強いことだと思ったよ。
出会いに感謝してる。



菜々恵

2019年3月26日火曜日

love will always be

二週間前の金曜日はローラーコースターみたいな1日だった。

もっと早くこのこと、書きたいと思っていたのだけれど。どんどん時が過ぎてしまうから、今を書き留めておこう。



気候変動に対してアクションを起こせという学生たちの大きなデモが世界中で開かれて

私の住む街でも、中学生や高校生たちが学校を休み、1000人以上の人たちがデモをしました。

私は授業で行けなかったのだけれど、たまたま訪ねに来てる母が見に行って、とっても希望を感じたと言っていました。


そして同じその日の夕方、クライストチャーチのモスクで、51人の人が射殺され、たくさんの人が怪我をするというテロが起こりました。

希望から、深い絶望へ。

一週間みっちりの授業を終えた後、お家に帰ってきて知ったこと。

最初は何が起こったのかよくわからないまま、とにかくひどいことが起こったっていうのはわかったけれど、どんどん知らされてくる詳細に、心が引き裂かれていきました。


犯人はもともと、私の住む街に2年間住み、私の家から徒歩10分くらいのモスクをターゲットにしていたそう。

でも、学生が多いこのモスクではなく、大人が多いクライストチャーチのモスクにターゲットを変えたのだとか。

打たれて怪我した人2人は、私の友達の友達と友達の友達のお父さん。

殺されてしまった人たちは、私の友達の元同居人の大切な家族や仲間たちだった。

直接は面識ないけれど、2人先の知り合いになれる人たちだった。


数で聞いても現実味がわかないから、私もななえと同じように、

私のクラスメイトは35人しかいないから、その子たちがみんないなくなってしまうと考えてみた。

あまりのことで、たくさん泣けた。金曜日の夜から、週末かけて、たくさん。


それでも、私の周りの人たち、ニュージーランドのコミュニティーの人たち、そしてリーダーの対応が、とても賢くて愛に溢れてて、すごくすごく希望が湧いた。


首相のジェセンダさんは、「犯人の名前は公開せず、殺された人たちの物語だけを語る。」って言って、殺された人たちとその家族とコミュニティーに対して、

葬儀代や、お見舞いの手当てなど含めて、心の底からのサポートをし続けている。

そして、彼女は、意図的に「テロ」という言葉を使った。

それは、テロリストと聞いた時、中東の人たちを思い浮かべてしまう私たちの中にある人種差別に挑戦し、白人の人もテロリストになり得るっていうことを知らせるため。

世界の筋書きを、変えるため。

ニュースでも、殺された人たちの人柄と、どんな人生だったかっていうことがわかる記事が出てくる。

憎しみには、愛で対抗しようと、恐怖にとらわれないで、繋がり続けようとする人たちがいる。


私も、マオリの人たちの神聖な集会をする場所であるマラエでの集まりに参加した。

たくさんの違ったバックグラウンドの人たちが集まって、マオリの人たちの伝統的な花とおでこをつける挨拶をして、お互いの存在を感じた。

あまりに悲しいことがあった後に似合わないような綺麗な青空の日

悲しむのは、亡くなった命が尊かったっていう証拠なんだって、深く感じた。


許されないことだけれど、世界中で今も、殺され続けている人がいるのも事実で。

そんな中、奪われた命に対して、悲しめる力って、とっても大切だと

改めて感じさせられた。


なにを感じても感じなくても、なにかしてもしなくても、無情に時は過ぎていくし

世界は、この事件はなんで起きたのだとか、これからどうすべきかとか、分析したり

前に進もうと忙しくしようとするけれど

立ち止まって、悲しむこと。

そうする時間が大切だと思ったし、そうする時間とたくさん立ち会えてよかった。


事件の後、たくさんの人が「これはニュージーランドではない。あなたたちは安全であるべきだった」って言った。

そしたら、「この国はひどい植民地支配と侵略によって始まっているから、これもニュージーランドの一部だ」という人もいた。

私は、どっちも本当だと思った。でも、きっと最初の言葉を言った人が言いたいのは

「これは、私たちがありたい姿ではない」ということなんだろうと思った。

そして実際に、それを証明するように、

全国各地で追悼式が開かれ、私の街の追悼式にも、1万5千人もの人が集まった。

ある高校では、今までシリアから元難民として来た子達が、あまり馴染めてなかったりしたらしいけれど、同級生たちがもっと自分から近づいていくようになったりとか

団結を示すために、ヒジャブ(髪を隠すスカーフ)を巻いて歩く人がいたりとか

なんと、メンバーの多くがマオリのギャングのリーダーも、今はムスリムの人たちをサポートする時だと言って、敵対しているギャングのメンバーたちが、モスクでお祈りが行われる時、警察とも共に一緒にモスクの前に立って、モスクを守ったりとか。

数多くの、ほんとに心温まる話を聞いた。


なんでこんなことが起こったのだろうと思う時、心が悲しみに沈み、恐怖が浮かぶ。

その感情を受け止めることも大切。

だけれど、その先に、そうじゃない世界があって、そっちも本当なんだと思い出させてくれる国に住めていて、本当にラッキーだ。


ニュージーランドは安全だと思っていたのに、と思っている皆さん。

ニュージーランドは、今も安全です。


今回の事件の後のこの反応を見て一番思ったのは、やまゆり 園事件が起こった時の

日本のリーダーたちとメディアの対応のひどさ。

家族の意向ということで、殺された人たちの名前もしれない。

なんで家族がそんな意向を出すかって?それは、障害者が家族にいたっていうことを知られたくないから?

そこにある、深い差別に、さらに心が刺される気分になりました。


どんなにひどいことがあっても、人と繋がることを、やめない。

それを改めて心に誓いました。

2019年3月17日日曜日

歩み、祈り。

一昨日書いていてこと、ちっともまとまらなかった。
けど、うみが下書き読んでくれたみたい、
伝わったのなら、いいや!笑

きっとそんなのでも、ほんとは投稿していいんだよね、日記だもん。

これは、昨日のメモ。

3月15日。

ニュージーランドで49人の、ムスリムの人が射殺された。

49人の命の重さを考えてみて、がっくり、頭を垂れた。指折り数えてみた。その一人ひとりが家族なら、親友なら、クラスメイトならって。

ひとりの命だって、宇宙みたいに、果てしなく思えるのに。49この宇宙が、壊されたんだ。

ポジティブな力が世界中である今日、こんなネガティブな力があることも、確かだ。

もうたくさんの悲劇が起こっているのに。
わたしの現実の認識も、甘いなあ。

ポジティブな力が負けてちゃだめだね。
勝ち負かしてもいけない。

コンパッション、理解すること。
信じて、怒りもすること。期待だってしてる。
知ってるんだから、人の心は、そんなものじゃない。

今いるところから、できることをしている。
祈ってる。

なんど思っても、とにかく、信じられない。

少し立ち止まった昨日、
今朝も少し。
そしてこれからも、もちろん。

だからこそ、忘れずに、歩いていく。
うみも、近く、遠くの仲間、
希望を見せてくれたみんなを思いながら。

菜々恵

2019年3月8日金曜日

日常に戻るまでに

2週間弱前くらいに大学がある町に帰ってきて

空港から、授業に直行というハードモードだったんだけれど

そこからも、いろんな作業があって忙しくって

忙しいんだけれど、日常に戻ってくるまでのペースをまだ作っている途中で

うまく時間を使えてないもどかしい感じがあって、ムズムズ、居心地が悪い感じ。


私は、本当に人といるのが好きで、明るくってハッピーな性格なのはほんと。

ただし、いろいろ溜まると、明るくてハッピーでいられなくなることだってあって、

(そりゃ人間だもんね)

でも、そういう部分を見せたくなくって、無理やりいつものモードのままにしがみつこうとするから

余計に疲れて、無表情っていうか無気力な感じになっちゃう時がある。

よくない。

I don't give a f**k. みたいなそんな態度で、ツーンってしている人みると

かっこいいなー私もそんな風になりたい

なんても思う時がある。



みんな、人それぞれ。

疲れたり、イライラしたり、悲しくなったり、怒りたくなったり

それは、自然な感情の流れ。

ちゃんとそういうのを解消する時間を日々の中に作っている方だから、

通常モードを保てるのだけれど、

そういう時間を作ってないと、保てなくなる。

保てなくなると、外見はにこにこで人と一緒にいるっていう通常っぽく過ごしてても

中身は、無性に野球バットとか振り回したい気分だったりする。危ないやつ(笑)

そんで体も疲れてきちゃうと、四肢が胴体から離れていくような、そんな気分になる。




今までは、いろんな活動に顔出して、たくさんの人と会ってって、そういうのが好きだった

知らない世界が知りたいし、新しい人に出会いたい。

でも、いろんな責任が増えたり、やれることも増えて、

自分の やっていこうとしていくことってこういうことって、去年一年かけて見えてきて

でも、これだって思ったこと以外でも、やり始めていたことがたくさんあるから

それを全部また拾い集めようとしていたら、なんだか違和感があって。

最後までやりきれないって、すごくむず痒い感じがあるけれど

ちょっと、取捨選択しなきゃいけないっていうステージなんだなって思った。

少しずつ、変わっていくんだね。




自分が居心地のいい自分のまま、自分にほんとでありたいね。


2019年2月19日火曜日

赤と黒

你好。
今、台湾の南、台南にいます。

昨日の朝、台湾に飛んで、今日2日目。

2日目って思えないほど、動き回ってるけど、流れてる時間はそれでも緩やか。

台北から台南への新幹線から見える景色は、見たことないけど、懐かしいようで
世界地図で見ていた地名に、リアルな景色という色が塗られてくような感覚。
旅は、想像力の養分だなーって思ってたら

ななえも追伸の中で、
「想像力」と「栄養」みたいな言葉使ってて、なんか、つながってるなーってまた思った。

台湾は、道を歩いてると、色んな匂いがする。
お寺からの線香の香り。屋台のご飯の匂い。臭豆腐という発酵した豆腐の独特な匂い。
それから、なんの匂いかわからない匂いが、まだたくさん。

音も、たくさんの原付の音、人の話し声、台所のまな板の音、どこからか流れてくる音楽とか
いろいろ。

時間はゆったりしてるけど、ごちゃごちゃしてて、人が生きているなーってリアルに感じる。
台南に来たら、台北より暑くって、私にはとっても久しぶりの夏みたいな気候。
夏のむっとするような香りもした。

誰も知らない町で、小さな出会いもあったりして。
きっと一期一会な出会いかもしれないけど、自由な中での出会いは心地がいい

日常の中にいる自分っていうのが消えて
自由になる。

その自由が嬉しくって、でも切なくって、胸がぎゅっとする。
一緒に来てる友達と過ごせるのも残りわずかって思うと、さらに胸がぎゅっとする。
ふとした瞬間に、幸せな気持ちと、時が過ぎていく寂しさに、じわっと泣きそうになるくらい。

でも、外だったし泣かないでいたら、心がむずむずするので、帰ってきた後に
友達に泣きたいのって話して、泣いたら、すっきりした。

むずむずはどこにいったんだろう、って、思うくらいにうきうきな気分になる。
やっぱり、泣くのはいいことだ。特に、誰かがいるときに。


日常の積み重ねで作られる人生を生きてる自分から少し離れて
自由になったら、帰って日常の破片を集めて、自分に戻っていくことが
少し窮屈な気分になってしまっていたけれど
私は、日常が好きで、戻りたい場所、やりたいことがあるんだって
言い聞かせるようにじゃなくて、心からそう少し思って、うきうきできた。

色んな思いの間をいったりきたり。
きっとどれもほんとだし、でも、どの気持ちにも留まる必要は、ないの。



晩安。

2019年2月18日月曜日

追伸

人の成長や変容の可能性をみること、その想像力は愛することの基本ていうのをさっき読んだの。

こないだは、怒らない人は期待をしていない人だって読んだの。

前はとても、今もすこし、
わたしの、可能性を見る想像力、は弱いなぁ

でも子どもたちとの実習でも、大人といるなかでも、その信頼と期待みたいのが無いとなんだかなぁ、て

日々自分のコップを満たして生きていけたらきっとできるかな。

自分のノートを書いて、こうやって考える時間が、いい栄養。

うみ、舞台で感じたこと、たくさんの大事なこと、共有してくれてありがとう。

先祖の人たちの苦しみ、喜びを考えると、
なんで自分がいるんだろうって、不思議な気持ちになってくるよ。


菜々恵

2月17日 日曜日 晴れ・くもり


相変わらず忙しい実習の日々だった。

今週はほんとうに忙しかった、
いまはすこし長い週末。
祝日の少ないカナダはこの月曜を「ファミリーデー」と名付けて休みにしたらしい。
一息つけて嬉しい。ありがたいな。

こないだふと、毎日毎日ずっと心臓も体も
動きつづけてるのって、すごいなーと思っちゃった。

うみちゃんが、わたしが体の言うことを聞いてなかったんだ、
って書いてたのに、はっとした。

こんなに身近に、継続して自分のために働いていてくれてる体、
ひとつひとつ、偉いね。大事にしてたいな。

忙しいなかで、もうきついよ、いやだー
っていうのと、

自分次第だから、なんとかできる
の間を、行ったり来たりした。

浅野忠信さんのTwitterには、
「友よまずは立ち上がることだ
俺たちはまだ踊れる
そして美しい歌を知ってる」
と、書いてある。

この言葉にはすごく救われてる。
ほんとうにそうだと思う。

実習の日々、いろんな学びがある。
小さい子はとにかくマネすること
まずはいい手本が必要なんだなとか

あんまり部屋に人と物が多すぎると
やってることにも支障がでるとか

働き方についてとか
いろいろ、模索する種がたくさんある。
いつか日本で幼稚園だか、保育園をつくりたいけど、
それと今の自分の繋がりもすこし見えてきたかな。

これからも2か月ほどの実習、
そしてそのあとも辛いことがあるだろうけど、
今みたいに仲間に「疲れてるんだ最近」
とか言えてれば
ありがたいし、
やってけるんだろうなぁ。

今日もちびちび、生きてこよー。
ちなみに寒さが-20度くらいから-7度くらいになって
ちょっと気分が軽くなったよ♪



菜々恵

2019年2月9日土曜日

ウリ・オモニ

東京最後の夜、親友と一緒に、劇団態変の団長である、金満里さんのソロ公演「ウリ・オモニ」を観てきました。

言葉にならない思いが溢れる舞台で、でも、感じたことを言葉で書き留めたくって、帰りながらずーっと考えた、舞台を観て感じたことは、


「苦しみは生まれるための力で、生まれることは、喜び。
生きるということは、喜びと苦しみが、寄せては返す波のようにやってくること。そして、胸の奥がぎゅーっと押されるようであり、肩がほぐされて体の芯からぽかぽかするような、そんな愛を感じること。」


満里さんの体と心から生まれてくる動きからは、目が離せない。
セリフのない舞台だけど、気づいたら涙腺が熱くなって、涙が出ていました。


東京では20年ぶりのこの公演、今週末と月曜日(2019年2月9,10,11日)までやってます。
まだ席に空きがあるみたい!!ぜひぜひぜひ!!!このチャンスを逃さないでください!
▼▼▼

「ウリ・オモニ」東京公演チラシ

先月、親友と入ったカフェで、たまたま東京を出発する前夜に、この舞台の初日の公演があると知って、満里さんの舞台は今まで2回観たことあったから、観に行けるタイミングだって知って、運命を感じました。そしたら、この舞台を初めて上演したのは、エデンバラのフリンジフェスティバルっていうのだったって聞いて、私が今住む町は、エデンバラにちなんで名付けられた町で、さらに、真似してフリンジフェスティバルっていうのもやっているから、ますます運命を感じました。


満里さんのオモニ(お母さん)は、戦時中、「日本への移住を余儀なくされながら、しかし、母国を侵略したその国にあって、民族の魂の芸能を、戦時中にさえも上演し続けた気骨の人でした」(劇団態変の公式サイト、ウリ・オモニの作品紹介より)。満里さんは、お母さんが生きていらっしゃる間に、実際に彼女の舞台を観たことはないと言っていたけれど、彼女は自分自身の身体表現を編み出し、そして、同じ表現者として、母のことを描いているこの作品は、形は違うけれど、母の生き方を受け継ごうとしている私にも重なって、ほんとに、いろんな意味で、深く、見入る舞台でした。本当に、本当に、観に行けたよかった。


そして、それを、親友と共有できてよかった。大切な人に自分にとって大切なものをシェアする時、どんな風に受け止められるかって、ドキドキするけれど、その感動を共有できた時の幸せも、また、言葉にできないような、胸の奥がぎゅーってする幸せ。


ドキドキ冷めやらずで、眠れないわ。

2019年2月6日水曜日

集めて落としてまた拾って


私も、久しぶり。

ふと、書きたい気分になって、ななえが書いてくれていたことに、今気づいた。


今、夏休みの帰国中で、帰ってきてからもう1ヶ月半以上経っているんだけれど、
その1ヶ月半は本当に忙しかった。

毎回帰ってきたときにできる、少しできる空白の時間が苦手で。
その間に誰かと会えたかもしれないのに、とか思っちゃうから。
私は人といることが好きすぎて、一人でやれること、
やらなければいけないことがあっても
人といる選択があるなら、必ずそちらを選んでしまう。

そして、たくさん人といた後、一人になったときに、例えやることがたくさんあっても、
ちょっと、動けなくなってしまう。(動けなくなるというか、だらだらしてしまう)。
たくさん心が充電されるような瞬間を積み重ねたはずなのに
一人になったら、あれれ、充電って続かないの?ってなったり。

どのくらい忙しかったかというと、
大体2〜5日間くらいのスパンで、違うところに泊めてもらったり
小さいのから大きめの含めて10回くらいお話会したり
8つの都道府県行ったし
たぶん、300人以上の人たちと会った(同じ空間をお話会を通して共有してた人も含めて)。

なんせ、人といることが好きで、居心地のいい人たちとばかりいたから
いいエネルギーの循環みたいな感じで、ほんとに心が充電されて、幸せだったのだけれど

さすがに、体に疲れがきた。
だから、とても楽しみにしていたもう一つの遠出を、キャンセルすることになってしまった。
体が言うことを聞いてくれない!って少し悲しくなってすぐに、
私が体のいうことを聞いてなかったんだなって気づいた。


心と体は本当につながっていて、大好きな人たちと一緒にいて幸せでも
自分の体の声を聞けていなかったら、結局、気持ちも一緒に疲れちゃう。

充電が続かないの?って思うのは、心は充電されたけど
体の方の充電が切れていたっていうことだった。


そういうことで、今は体の充電中。
この一週間は地元をあまり離れないで、のんびりすることに決めた。


精神力で乗り越えられることが多いけれど、今回押し切れなかったのは
周りにインフルが流行っているってたくさん聞いて怖くなったのと
大学に戻ったら、またそれも休む暇があまりないほど忙しいだろうなって思ったときに
休めるときに休まなきゃって思った瞬間、疲れが出たのだった。

それに、ほんとにキャパオーバーだったのだと思う。
去年もよくキャパオーバーしてて、そのときは、楽しいはずのことも楽しめないし
自分も周りも悪く見えるって、ほんとにそうだったなって思う。

今年はなるべく、私もキャパオーバーをしたくない。と思いつつ。
すでにやりたいこと、やらなきゃいけないことが、たくさんなのだけど。


ななえのことば、好き。
この場所は、お互い、ほんと思いのまま書こうねって思ってて
私たちは、思いを言葉にするのが好きなんだと思う。
できごとより、それによって生まれてきた思いを。

それで、その思いって、年々少しずつ変わっていくけれど
変わらない部分も大きくて、だから、変わっているのに変わってないようなそんな気分。


ほんとは、この1ヶ月半、書き残したいことがたくさんたくさんたくさんあったけれど
ネットという公の場に書くときに、無意識に着飾ってしまうのが嫌で
ホットなときに書く方がいいし、時間が経ってしまったらなーって思っているうちに、
結局書かないでいるまま、時間が経ってしまった。


でも、大切なできことちょこちょこ、やっぱり書き残していきたいから、
どこかでタイミング見つけて、書こうって思った。

私の今の寝床。寒いとお布団から出たくないね。



2019年2月3日日曜日

これからについて 今週は寒かった


こんにちは。

今週は帰り道がとびきり寒かった、
水曜日は体感マイナス28度くらいだったらしいけど、
風もあって、ここ数十年でいちばん寒く感じる天気だったとか。

手袋してたのに手もキンキンに冷えて、うあー寒かった。


今週頃から、いきなり思い出したようなことがある。

高3のとき、カナダ行きを決めたときの、
まだわからないドキドキとか解放感だとかを、
今になってちょっと感じた。


というのも、先のことが見えてきたからで。
前まで大量の宿題とその忙しさに、
ほんとに大丈夫なのか?ていう不安に気負ってたけど、
今は少しずつその先の光が見えてきた。

卒業後の今度道を選ぶときには、
自分がキャパオーバーや、心が乱暴になってしまうようなことなく、頑張れるような、そんな生き方を選びたいんだ。

不安ってつまり、前に進んでいない状態です
ていう話をある人がしてた。

自分のめざす目標なら、これからはもう、
大きすぎて、前に進む自分を止めてしまうものじゃないものを選びたい。

自分が生きてるかぎり、その調整は、これからはちゃんとしないとなと思う。

卒業後は、小学校に入る前の子たちと働きたいな、楽しみだなぁ。


それでもしばしはキャパオーバーが続くと思います。。愛とかユーモアとか色々でなんとかなるんだろうか、あまりそんな感じはしないけど。

その道で集めた大事なものは、しっかり持ってようかな。どうにか無事に終えたいもんだなー。

2019年1月27日日曜日

継続してみたいな、、

うみ、
日記ではすごく久しぶり。

年末から今まで、
なんかあっという間だった。
。。2019年だと思えばその12分の1がもう終わるっていうのは不思議。
一年はそれよりもっと長く感じる。

毎日つらつら日記綴れるひとになれたら、
本当に強いなぁと思う。

「今日もしあとで日記を書くならこれと、あとこれもだな。。。」
と、言葉が口にも出る手前のところで、じぶんの中をめぐって。
次の日にはまたちがうのがきて。

大概こうやって書くときに思うのは、毎日書かないでいる、
そういう大事な、ささいな、ありがたいことたちへの
小さな「ごめんなさい」の積もった気持ちになってる。

継続したいな、なんていうか。
ついつい見栄をはってるのか調子のいいときに書くのが多かったけど、
毎日のいろいろを書く場所として始めたんだから。

、、なんて、1年半くらいにしてやっと思ってる自分(笑)
ありゃー、だいぶかかったなぁ。(笑)

せっかく大事なうみとこんなことしてるんだから、
すこしずつちゃんと活用していきたい。

ほんとにできるのかな、まあとりあえず今日のおはなし。

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今日は土曜日。
月金の実習のあとだから、休みがうれしい。

やりたいことがもくもく、ふくらむ。

午前中は学校で宿題。

去年働いてた農家さんに顔みせようと、市場に行きたかったけど行けなかった。
あのおいしいお野菜が食べたかった。
顔出すといつでも喜んでくれるの、ほんとに嬉しい。

それと同時に平日やってきた反動みたいので
「もうやめてくれー、なにもやらせないでくれー」
みたいな体の反応もある気がして。

「土曜の午後はみんなで油絵しよう」と、大家さん夫婦と言ってるのだけど、
それには今日も行けなかった。先週も、その前も。

山田ズーニーさんていう人が書いた本でね、
自分のキャパを超えたとき、
それをしっかり認識したり、伝えたりできないと
「自分が悪い」、もしくは「周りが悪い」、て
どちらかを責めるかたちになるんだって。

今日みたいな忙しい日々のすきにある休みの日、
わたしが「もうやめてくれー」になるのはそうなのかもしれない。
まわりの人、大好きなのに
訳も分からず、とにかく会いたくないみたいな、
でも寂しいとか、この訳のわからない気持ち、
ただのキャパオーバーなのかもしれない。

最近は、まぁ、気づいたとこからできるだけ無理しないように、と思えてて
たとえば電話とかも、がんばらないことにした。
苦手だって気づいたから、親しい人何人かには、そう伝えられた。
代わりのやりようなら、いくらでもある。

もうすこし自分もまわりも大事にできたらと、
ほんとに毎日今週思ってたけど、
今にその反動がドーンときちゃった。忙しい日々。

正直に書くと、最近たばこを吸うようになった。
去年からたまにしてたんだけど、
こういう忙しい時に、つじつまを合わせる最後のカードみたいにしてる。

学校に入って忙しくしてるのは自分の決断で、
まわりの人とのやり取りする時間を大切にしたいのも、
自分がそう思うからで。
自分がゆっくりしたり、好きなもの読んだりする時間もちゃんと作りたくて、
でも、それで家事もだなんて。

こうして書くだけでもすこし気づくことがあった。
ただ聞いてほしくて、書いてみたよ。
聞いてくれてありがとうね、いっつもね。



こっちはすっかり雪んこです。

うみはどうしてるだろう?