実は、クライストチャーチの銃撃テロの次の日の夜、友達がしてくれたマッサージで
少しだけ肋骨にヒビが入った。
でも、ヒビだと思わずに、揉み返しで筋肉が痛いんだと思ったから、
次の日はビーチに行ったり、ピクニックしたり、母と電くる(電動車椅子)に二人乗りしてモスクへ行ったりした。
そしたら、夜中激痛で息ができなくて、目が覚めて、筋肉ではなく骨折だと気付いた。
骨が弱い体質だから、今まで15回くらい骨折したことあるけれど、いつもは左足の大腿骨で、肋骨は折ったことがなかったし、骨折自体11年ぶりで、ニュージーランドでも初めての骨折だった。
あまりの痛みに、息をするのがせいぜいで、柔らかいベット上だと余計に骨が安定しなくて痛いから、床に寝れるよう母がヨガマットと布団を重ねてひいてくれて、ゆっくり移動した。
床に降りたら、ほんとにちゃんと骨が固定されたこともあって、やっと痛さとともに涙が出てきた。
痛すぎるから、「痛い」以外の言葉をあまり発せれない中、「痛い痛い」と言っていたら、母が横で、「痛い」は「生きて【いたい】」だね、と言った。
クライストチャーチで亡くなった人たちの痛みと、生き残って、入院している人たち、
そして家族やその周りの人たちの痛みを思って、さらに泣けた。
痛める体を通して、今深い痛みと悲しみの中にいる人たちとつながれる気がして、
このタイミングで骨折したこと、自分が骨折しやすい体であることが、私は嬉しかった。
嬉しいなんて、不謹慎って思われるかなとか、少し思うけれど、生きていてしか感じれない痛みが、嬉しかったのだ。
体が、強烈に生きていると言っていた。
骨折の痛みは、慣れているから、痛いとしか言えず、涙がとまらなくても、この痛みは去っていくと、ちゃんと頭の中ではわかっている。
それに比べて、心の痛みは、寄せては返す波のように、目に見えて、体で感じて、癒えることが難しい。
骨折している間に大変だったのは、同居人たちと母の関係だった。
家族に介助してもらいたくないと思う人がいるように、私も同居人たちにあまり頼りたくなかった。
ラッキーなことに、私が骨折していなくても、私が授業に行っている間など母と一緒にいてくれるよう、毎日別な友達が家まで来てくれるように計画を立てていたので、日中の間は、ほぼ誰かの助けがあった。
けれど、朝一とか、たまにある日中の人がいない隙間や寝る前など、同居人たちに頼まなければいけないこともいろいろあった。
特に、寝たきりだったから、トイレにも自分で行けなかったので、おしっこをトイレまで運んで流してもらわなければいけなかった。
骨折したと伝えた直後は、すごくいろいろ心配してくれた同居人たちは、忙しかったり、「お願い」するのではなく、「指示」するように頼む母の言い方も重なり、自分のペースじゃないスピードで頼まれることが負担となって「頼まれたくない」っていう雰囲気を醸し出すようになっていった。
頼まれたくなさそうにしているのをみると、障がいを持った「自分」を否定されているように感じる母がいた。
母からは同居人への愚痴、同居人からは母への愚痴を、たくさん聞いた。
正直、私が寝たきりにならなければ、起きなかった状況だけれど、それでも自分が寝たきりであるということを、悪く思わなかったし、新しい修行や、くらいに思えた自分を褒めておこう。笑
母は、小さい頃に施設に住んでいて、そこで、同室だった子たちが、看護師たちがおしっことうんこをする時間を決めて、それ以外は手伝わなかったせいで、
膀胱炎になったり、すごい臭くなったり、たくさんひどい目にあってきたのを見ていて、
おしっことうんこに関して、人が関わろうとしないことへ、怒りが湧いてくるのだ。
同居人たちは、大学が始まったばかりで忙しくなってきて、自分の生活とのバランスを頑張ってとろうとしているのと、それぞれの母親から指示されているような気分になって、
辛くなってしまったのだ。
どっちの気持ちもわかる私は、ただ黙って聞くことに徹した。それしかできない。
でも、たくさん同居人の話を聞いた後、障がいを持って生きるということ、生きる基本のそんなことも、人の手が必要だということ
それが、私の人生なのって、「Welcome to my life」って伝えたら、泣けてきちゃった。
そして、その後、母にも、同居人のことを大切にしたいから、ちゃんと時間を決めてお願いをすることと、言い方を優しくしてほしいということを伝えて、また泣けた。
いろんな状況の渦中にいると、よく考えられないような感じがするときもあるけれど、
今回はなかなかベストを尽くせたと思う。骨折して動けない状況だったのにもかかわらず。
おかげで、両方ともの関係性が難しい感じがしちゃって、心折れそうな気分になった瞬間もあったけど、今はまた両方ともと仲良し。
骨折してから、ちょうど明日で一ヶ月が経とうとしている。
痛みはもうなくなったけれど、前より体の使い方を気をつけるようになった。
私が自分で体の使い方を気をつけようとすることによって、同居人や友達たちも、前より手を貸してくれるようになってきた。
一人頼ることは、悪いことじゃない。
「全部自分でやってこそ自立である」って、そんなメッセージがどこからか、私の中にも埋め込まれていて、自分でやったほうがいいんだって、肩に力が入っていたのを実感する機会でもあった。
動けるようになって、また自分でやっちゃいたくなってしまっている自分を感じる。
でも前よりそれがはっきりわかるようになったから、もっともっと、人に手を借りていこう、と思う。
一歩、一歩ね。
お友達がお見舞いに持ってきてくれたお花を、ドライフラワーにしてみてる。
宇宙
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