2019年2月19日火曜日

赤と黒

你好。
今、台湾の南、台南にいます。

昨日の朝、台湾に飛んで、今日2日目。

2日目って思えないほど、動き回ってるけど、流れてる時間はそれでも緩やか。

台北から台南への新幹線から見える景色は、見たことないけど、懐かしいようで
世界地図で見ていた地名に、リアルな景色という色が塗られてくような感覚。
旅は、想像力の養分だなーって思ってたら

ななえも追伸の中で、
「想像力」と「栄養」みたいな言葉使ってて、なんか、つながってるなーってまた思った。

台湾は、道を歩いてると、色んな匂いがする。
お寺からの線香の香り。屋台のご飯の匂い。臭豆腐という発酵した豆腐の独特な匂い。
それから、なんの匂いかわからない匂いが、まだたくさん。

音も、たくさんの原付の音、人の話し声、台所のまな板の音、どこからか流れてくる音楽とか
いろいろ。

時間はゆったりしてるけど、ごちゃごちゃしてて、人が生きているなーってリアルに感じる。
台南に来たら、台北より暑くって、私にはとっても久しぶりの夏みたいな気候。
夏のむっとするような香りもした。

誰も知らない町で、小さな出会いもあったりして。
きっと一期一会な出会いかもしれないけど、自由な中での出会いは心地がいい

日常の中にいる自分っていうのが消えて
自由になる。

その自由が嬉しくって、でも切なくって、胸がぎゅっとする。
一緒に来てる友達と過ごせるのも残りわずかって思うと、さらに胸がぎゅっとする。
ふとした瞬間に、幸せな気持ちと、時が過ぎていく寂しさに、じわっと泣きそうになるくらい。

でも、外だったし泣かないでいたら、心がむずむずするので、帰ってきた後に
友達に泣きたいのって話して、泣いたら、すっきりした。

むずむずはどこにいったんだろう、って、思うくらいにうきうきな気分になる。
やっぱり、泣くのはいいことだ。特に、誰かがいるときに。


日常の積み重ねで作られる人生を生きてる自分から少し離れて
自由になったら、帰って日常の破片を集めて、自分に戻っていくことが
少し窮屈な気分になってしまっていたけれど
私は、日常が好きで、戻りたい場所、やりたいことがあるんだって
言い聞かせるようにじゃなくて、心からそう少し思って、うきうきできた。

色んな思いの間をいったりきたり。
きっとどれもほんとだし、でも、どの気持ちにも留まる必要は、ないの。



晩安。

2019年2月18日月曜日

追伸

人の成長や変容の可能性をみること、その想像力は愛することの基本ていうのをさっき読んだの。

こないだは、怒らない人は期待をしていない人だって読んだの。

前はとても、今もすこし、
わたしの、可能性を見る想像力、は弱いなぁ

でも子どもたちとの実習でも、大人といるなかでも、その信頼と期待みたいのが無いとなんだかなぁ、て

日々自分のコップを満たして生きていけたらきっとできるかな。

自分のノートを書いて、こうやって考える時間が、いい栄養。

うみ、舞台で感じたこと、たくさんの大事なこと、共有してくれてありがとう。

先祖の人たちの苦しみ、喜びを考えると、
なんで自分がいるんだろうって、不思議な気持ちになってくるよ。


菜々恵

2月17日 日曜日 晴れ・くもり


相変わらず忙しい実習の日々だった。

今週はほんとうに忙しかった、
いまはすこし長い週末。
祝日の少ないカナダはこの月曜を「ファミリーデー」と名付けて休みにしたらしい。
一息つけて嬉しい。ありがたいな。

こないだふと、毎日毎日ずっと心臓も体も
動きつづけてるのって、すごいなーと思っちゃった。

うみちゃんが、わたしが体の言うことを聞いてなかったんだ、
って書いてたのに、はっとした。

こんなに身近に、継続して自分のために働いていてくれてる体、
ひとつひとつ、偉いね。大事にしてたいな。

忙しいなかで、もうきついよ、いやだー
っていうのと、

自分次第だから、なんとかできる
の間を、行ったり来たりした。

浅野忠信さんのTwitterには、
「友よまずは立ち上がることだ
俺たちはまだ踊れる
そして美しい歌を知ってる」
と、書いてある。

この言葉にはすごく救われてる。
ほんとうにそうだと思う。

実習の日々、いろんな学びがある。
小さい子はとにかくマネすること
まずはいい手本が必要なんだなとか

あんまり部屋に人と物が多すぎると
やってることにも支障がでるとか

働き方についてとか
いろいろ、模索する種がたくさんある。
いつか日本で幼稚園だか、保育園をつくりたいけど、
それと今の自分の繋がりもすこし見えてきたかな。

これからも2か月ほどの実習、
そしてそのあとも辛いことがあるだろうけど、
今みたいに仲間に「疲れてるんだ最近」
とか言えてれば
ありがたいし、
やってけるんだろうなぁ。

今日もちびちび、生きてこよー。
ちなみに寒さが-20度くらいから-7度くらいになって
ちょっと気分が軽くなったよ♪



菜々恵

2019年2月9日土曜日

ウリ・オモニ

東京最後の夜、親友と一緒に、劇団態変の団長である、金満里さんのソロ公演「ウリ・オモニ」を観てきました。

言葉にならない思いが溢れる舞台で、でも、感じたことを言葉で書き留めたくって、帰りながらずーっと考えた、舞台を観て感じたことは、


「苦しみは生まれるための力で、生まれることは、喜び。
生きるということは、喜びと苦しみが、寄せては返す波のようにやってくること。そして、胸の奥がぎゅーっと押されるようであり、肩がほぐされて体の芯からぽかぽかするような、そんな愛を感じること。」


満里さんの体と心から生まれてくる動きからは、目が離せない。
セリフのない舞台だけど、気づいたら涙腺が熱くなって、涙が出ていました。


東京では20年ぶりのこの公演、今週末と月曜日(2019年2月9,10,11日)までやってます。
まだ席に空きがあるみたい!!ぜひぜひぜひ!!!このチャンスを逃さないでください!
▼▼▼

「ウリ・オモニ」東京公演チラシ

先月、親友と入ったカフェで、たまたま東京を出発する前夜に、この舞台の初日の公演があると知って、満里さんの舞台は今まで2回観たことあったから、観に行けるタイミングだって知って、運命を感じました。そしたら、この舞台を初めて上演したのは、エデンバラのフリンジフェスティバルっていうのだったって聞いて、私が今住む町は、エデンバラにちなんで名付けられた町で、さらに、真似してフリンジフェスティバルっていうのもやっているから、ますます運命を感じました。


満里さんのオモニ(お母さん)は、戦時中、「日本への移住を余儀なくされながら、しかし、母国を侵略したその国にあって、民族の魂の芸能を、戦時中にさえも上演し続けた気骨の人でした」(劇団態変の公式サイト、ウリ・オモニの作品紹介より)。満里さんは、お母さんが生きていらっしゃる間に、実際に彼女の舞台を観たことはないと言っていたけれど、彼女は自分自身の身体表現を編み出し、そして、同じ表現者として、母のことを描いているこの作品は、形は違うけれど、母の生き方を受け継ごうとしている私にも重なって、ほんとに、いろんな意味で、深く、見入る舞台でした。本当に、本当に、観に行けたよかった。


そして、それを、親友と共有できてよかった。大切な人に自分にとって大切なものをシェアする時、どんな風に受け止められるかって、ドキドキするけれど、その感動を共有できた時の幸せも、また、言葉にできないような、胸の奥がぎゅーってする幸せ。


ドキドキ冷めやらずで、眠れないわ。

2019年2月6日水曜日

集めて落としてまた拾って


私も、久しぶり。

ふと、書きたい気分になって、ななえが書いてくれていたことに、今気づいた。


今、夏休みの帰国中で、帰ってきてからもう1ヶ月半以上経っているんだけれど、
その1ヶ月半は本当に忙しかった。

毎回帰ってきたときにできる、少しできる空白の時間が苦手で。
その間に誰かと会えたかもしれないのに、とか思っちゃうから。
私は人といることが好きすぎて、一人でやれること、
やらなければいけないことがあっても
人といる選択があるなら、必ずそちらを選んでしまう。

そして、たくさん人といた後、一人になったときに、例えやることがたくさんあっても、
ちょっと、動けなくなってしまう。(動けなくなるというか、だらだらしてしまう)。
たくさん心が充電されるような瞬間を積み重ねたはずなのに
一人になったら、あれれ、充電って続かないの?ってなったり。

どのくらい忙しかったかというと、
大体2〜5日間くらいのスパンで、違うところに泊めてもらったり
小さいのから大きめの含めて10回くらいお話会したり
8つの都道府県行ったし
たぶん、300人以上の人たちと会った(同じ空間をお話会を通して共有してた人も含めて)。

なんせ、人といることが好きで、居心地のいい人たちとばかりいたから
いいエネルギーの循環みたいな感じで、ほんとに心が充電されて、幸せだったのだけれど

さすがに、体に疲れがきた。
だから、とても楽しみにしていたもう一つの遠出を、キャンセルすることになってしまった。
体が言うことを聞いてくれない!って少し悲しくなってすぐに、
私が体のいうことを聞いてなかったんだなって気づいた。


心と体は本当につながっていて、大好きな人たちと一緒にいて幸せでも
自分の体の声を聞けていなかったら、結局、気持ちも一緒に疲れちゃう。

充電が続かないの?って思うのは、心は充電されたけど
体の方の充電が切れていたっていうことだった。


そういうことで、今は体の充電中。
この一週間は地元をあまり離れないで、のんびりすることに決めた。


精神力で乗り越えられることが多いけれど、今回押し切れなかったのは
周りにインフルが流行っているってたくさん聞いて怖くなったのと
大学に戻ったら、またそれも休む暇があまりないほど忙しいだろうなって思ったときに
休めるときに休まなきゃって思った瞬間、疲れが出たのだった。

それに、ほんとにキャパオーバーだったのだと思う。
去年もよくキャパオーバーしてて、そのときは、楽しいはずのことも楽しめないし
自分も周りも悪く見えるって、ほんとにそうだったなって思う。

今年はなるべく、私もキャパオーバーをしたくない。と思いつつ。
すでにやりたいこと、やらなきゃいけないことが、たくさんなのだけど。


ななえのことば、好き。
この場所は、お互い、ほんと思いのまま書こうねって思ってて
私たちは、思いを言葉にするのが好きなんだと思う。
できごとより、それによって生まれてきた思いを。

それで、その思いって、年々少しずつ変わっていくけれど
変わらない部分も大きくて、だから、変わっているのに変わってないようなそんな気分。


ほんとは、この1ヶ月半、書き残したいことがたくさんたくさんたくさんあったけれど
ネットという公の場に書くときに、無意識に着飾ってしまうのが嫌で
ホットなときに書く方がいいし、時間が経ってしまったらなーって思っているうちに、
結局書かないでいるまま、時間が経ってしまった。


でも、大切なできことちょこちょこ、やっぱり書き残していきたいから、
どこかでタイミング見つけて、書こうって思った。

私の今の寝床。寒いとお布団から出たくないね。



2019年2月3日日曜日

これからについて 今週は寒かった


こんにちは。

今週は帰り道がとびきり寒かった、
水曜日は体感マイナス28度くらいだったらしいけど、
風もあって、ここ数十年でいちばん寒く感じる天気だったとか。

手袋してたのに手もキンキンに冷えて、うあー寒かった。


今週頃から、いきなり思い出したようなことがある。

高3のとき、カナダ行きを決めたときの、
まだわからないドキドキとか解放感だとかを、
今になってちょっと感じた。


というのも、先のことが見えてきたからで。
前まで大量の宿題とその忙しさに、
ほんとに大丈夫なのか?ていう不安に気負ってたけど、
今は少しずつその先の光が見えてきた。

卒業後の今度道を選ぶときには、
自分がキャパオーバーや、心が乱暴になってしまうようなことなく、頑張れるような、そんな生き方を選びたいんだ。

不安ってつまり、前に進んでいない状態です
ていう話をある人がしてた。

自分のめざす目標なら、これからはもう、
大きすぎて、前に進む自分を止めてしまうものじゃないものを選びたい。

自分が生きてるかぎり、その調整は、これからはちゃんとしないとなと思う。

卒業後は、小学校に入る前の子たちと働きたいな、楽しみだなぁ。


それでもしばしはキャパオーバーが続くと思います。。愛とかユーモアとか色々でなんとかなるんだろうか、あまりそんな感じはしないけど。

その道で集めた大事なものは、しっかり持ってようかな。どうにか無事に終えたいもんだなー。