2018年9月17日月曜日

Conflict is good

今日電話した友達は、すごく芯が強くって、自分がこうだ!と思ったら、意見を曲げない

たとえ、大多数の中で自分だけしかその意見を持ってなくても、自分がこうだ

と思ったら、意見を変える意味がわからないと言っていた。

そこまで、どっしり構えられること、尊敬する。

私も意見曲げられないこと、考えてみればたくさんあるけど

でも、基本的に柔軟、ある意味、優柔不断。


だから、彼女のどっしりと構えた姿を見ていると、ドキってする。


彼女は、人の顔色を伺って、意見や態度を変える人たちの心境がわからないと言っていた

だから、そういう人たちは対立したり、問題を起こしたりするのが怖いんだと思うって伝えた

そして、みんな対立は悪いもので、対立してしまったら、

そこで関係性が終わってしまうって思う人もいると思うって話した。

そしたら、対立が悪いって思う人がいるっていうことがびっくりだって話してた。


私は、対立が怖い。というか、今までの人生の中で、人とガチンコで対立した覚えがない。

それは、私の弱点だ。

彼女は、意見が対立しても、別にお互いを否定しているわけじゃないっていうか、

関係性はむしろ深まるし、

お互い、許しあえるって120%信頼を持っている。

それが、余計にドキってする。


対立は悪いことではなく、さらに、お互いを理解し合うためのプロセス。

覚えておこう。

2018年9月9日日曜日

清潔の基準

人と一緒に住むと、自分の常識と相手の常識が出会うことになる。

私は基本的にケミカルなものを使いたくないから

食器洗うのは、アクリルたわし(編むの簡単 https://www.youtube.com/watch?v=m30twF5x3ic)

洗濯洗剤は、洗濯マグちゃん (詳しくはこちらhttps://magchan.com/)

シャンプーもリンスも使わない。髪はお湯洗い。

ボディーソープは、ローカルな天然なやつ。

歯磨き粉は今は天然なやつ、前はお塩

保湿には、友達が作ってくれたオリーブオイルとビーワックスと現地の葉っぱのクリームを使っている。(これは、とっても貴重なもので、とってもラッキー)

自分や物をきれいにするのに、ケミカルを水に流すことによって

結果環境を汚すっていうことに、矛盾を覚えるから。

自分がきれいになることとで、環境を汚すのは、結局自分を汚すことと私にとっては同じこと。

あとは、なるだけプラスチックの製品を使いたくないから。

でも、これって、結果的に経済的にも優しい。

なんだか、難しく感じるみたいだけれど、実は、たくさん市販の買って使うより

安くて、シンプル。


Anyway, 書きたかったのはこのことじゃなくって、

私の同居人と私の清潔の基準の違いの話。

今週のトイレ掃除の当番は、同居人Tで、私が引っ越してくる前からあった

ケミカルのトイレ掃除の洗剤がキレちゃったので、

もうケミカルの買わないで、重曹とお酢で掃除するのに替えない〜?って提案したら

えぇーーっていう気持ちを持ちながらも賛同してくれた。

でも、バクテリアは死なないのはどうするの?っていう話になった。

今まで私はバクテリアを殺すのをつかってトイレ掃除しなくても、

病気にならず生きてきたから、ケミカルな掃除道具の必要性を感じない。

それよりも、私の同居人二人はなぜか、お風呂の足拭きマットを洗濯機で洗うのは汚いという

でも、そのマットを交換しているのは私だけで、2週間以上同じマットでも

それは気にならないらしい。

洗濯機で洗いたくない物に、洗い立ての裸足でたつのはいいらしい。笑

バクテリアが心配だからケミカルなトイレ掃除のを使いたい彼女たちと

同じ足拭きマットを使い続けるのが汚いから、洗濯機で定期的に洗いたい私

今のところ 結局トイレ掃除は、重曹とお酢で、足拭きマットは定期的に手洗いしてる。

お互いのその常識っていうか、好み?って不思議じゃない?って言い合いながら

結果笑い話になって、妥協できるのが、本当にありがたい。

いい人たちと一緒に住んでいます。