2019年3月26日火曜日

love will always be

二週間前の金曜日はローラーコースターみたいな1日だった。

もっと早くこのこと、書きたいと思っていたのだけれど。どんどん時が過ぎてしまうから、今を書き留めておこう。



気候変動に対してアクションを起こせという学生たちの大きなデモが世界中で開かれて

私の住む街でも、中学生や高校生たちが学校を休み、1000人以上の人たちがデモをしました。

私は授業で行けなかったのだけれど、たまたま訪ねに来てる母が見に行って、とっても希望を感じたと言っていました。


そして同じその日の夕方、クライストチャーチのモスクで、51人の人が射殺され、たくさんの人が怪我をするというテロが起こりました。

希望から、深い絶望へ。

一週間みっちりの授業を終えた後、お家に帰ってきて知ったこと。

最初は何が起こったのかよくわからないまま、とにかくひどいことが起こったっていうのはわかったけれど、どんどん知らされてくる詳細に、心が引き裂かれていきました。


犯人はもともと、私の住む街に2年間住み、私の家から徒歩10分くらいのモスクをターゲットにしていたそう。

でも、学生が多いこのモスクではなく、大人が多いクライストチャーチのモスクにターゲットを変えたのだとか。

打たれて怪我した人2人は、私の友達の友達と友達の友達のお父さん。

殺されてしまった人たちは、私の友達の元同居人の大切な家族や仲間たちだった。

直接は面識ないけれど、2人先の知り合いになれる人たちだった。


数で聞いても現実味がわかないから、私もななえと同じように、

私のクラスメイトは35人しかいないから、その子たちがみんないなくなってしまうと考えてみた。

あまりのことで、たくさん泣けた。金曜日の夜から、週末かけて、たくさん。


それでも、私の周りの人たち、ニュージーランドのコミュニティーの人たち、そしてリーダーの対応が、とても賢くて愛に溢れてて、すごくすごく希望が湧いた。


首相のジェセンダさんは、「犯人の名前は公開せず、殺された人たちの物語だけを語る。」って言って、殺された人たちとその家族とコミュニティーに対して、

葬儀代や、お見舞いの手当てなど含めて、心の底からのサポートをし続けている。

そして、彼女は、意図的に「テロ」という言葉を使った。

それは、テロリストと聞いた時、中東の人たちを思い浮かべてしまう私たちの中にある人種差別に挑戦し、白人の人もテロリストになり得るっていうことを知らせるため。

世界の筋書きを、変えるため。

ニュースでも、殺された人たちの人柄と、どんな人生だったかっていうことがわかる記事が出てくる。

憎しみには、愛で対抗しようと、恐怖にとらわれないで、繋がり続けようとする人たちがいる。


私も、マオリの人たちの神聖な集会をする場所であるマラエでの集まりに参加した。

たくさんの違ったバックグラウンドの人たちが集まって、マオリの人たちの伝統的な花とおでこをつける挨拶をして、お互いの存在を感じた。

あまりに悲しいことがあった後に似合わないような綺麗な青空の日

悲しむのは、亡くなった命が尊かったっていう証拠なんだって、深く感じた。


許されないことだけれど、世界中で今も、殺され続けている人がいるのも事実で。

そんな中、奪われた命に対して、悲しめる力って、とっても大切だと

改めて感じさせられた。


なにを感じても感じなくても、なにかしてもしなくても、無情に時は過ぎていくし

世界は、この事件はなんで起きたのだとか、これからどうすべきかとか、分析したり

前に進もうと忙しくしようとするけれど

立ち止まって、悲しむこと。

そうする時間が大切だと思ったし、そうする時間とたくさん立ち会えてよかった。


事件の後、たくさんの人が「これはニュージーランドではない。あなたたちは安全であるべきだった」って言った。

そしたら、「この国はひどい植民地支配と侵略によって始まっているから、これもニュージーランドの一部だ」という人もいた。

私は、どっちも本当だと思った。でも、きっと最初の言葉を言った人が言いたいのは

「これは、私たちがありたい姿ではない」ということなんだろうと思った。

そして実際に、それを証明するように、

全国各地で追悼式が開かれ、私の街の追悼式にも、1万5千人もの人が集まった。

ある高校では、今までシリアから元難民として来た子達が、あまり馴染めてなかったりしたらしいけれど、同級生たちがもっと自分から近づいていくようになったりとか

団結を示すために、ヒジャブ(髪を隠すスカーフ)を巻いて歩く人がいたりとか

なんと、メンバーの多くがマオリのギャングのリーダーも、今はムスリムの人たちをサポートする時だと言って、敵対しているギャングのメンバーたちが、モスクでお祈りが行われる時、警察とも共に一緒にモスクの前に立って、モスクを守ったりとか。

数多くの、ほんとに心温まる話を聞いた。


なんでこんなことが起こったのだろうと思う時、心が悲しみに沈み、恐怖が浮かぶ。

その感情を受け止めることも大切。

だけれど、その先に、そうじゃない世界があって、そっちも本当なんだと思い出させてくれる国に住めていて、本当にラッキーだ。


ニュージーランドは安全だと思っていたのに、と思っている皆さん。

ニュージーランドは、今も安全です。


今回の事件の後のこの反応を見て一番思ったのは、やまゆり 園事件が起こった時の

日本のリーダーたちとメディアの対応のひどさ。

家族の意向ということで、殺された人たちの名前もしれない。

なんで家族がそんな意向を出すかって?それは、障害者が家族にいたっていうことを知られたくないから?

そこにある、深い差別に、さらに心が刺される気分になりました。


どんなにひどいことがあっても、人と繋がることを、やめない。

それを改めて心に誓いました。

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