マオリの友達と、日本とマオリの文化の違いについて話してた。
Conflict is good っていう話をしてから、日本の文化は、
「和を保つ」っていうことが重要視されているから、対立しあうようなことはしないんだなぁーって思った
っていう話をしたら、「え?!和を保つ?!それなに!?」っていう反応が返ってきた
彼女曰く、彼女の文化ではみんな「同意しないことに同意している」から
たとえ、自分しかその意見を持っている人がいなくても、自分の意見を曲げない。
そんでもって周りも、「あんた間違ってるけど、ま、それを含めてあんただ」
って、その人を輪(和)から外すことをしない。
誰も置いてきぼりにしない文化なんだ。って話していた。
そんでもって、噂話はするし、大きなドラマを作り出すことも大好きだけど
それは、人を、その人の選択や社会的地位や行動で判断するっていうこととは違うそう。
恥じらいとか、申し訳なさとかもないから、
間違っているとか、自分の弱点とか、見苦しいとされることを指摘されても
隠さず、「そうだよ!」って、自分のものとして認めちゃう。
そんな環境で育ってきた。って、話してた。
そんな彼女の、あっけらかんとした強さを、私は素敵だなぁってちょっと羨ましくなっちゃう。
日本の文化は、恥じらいとかめっちゃあるし、すぐ謝るし、本音と建前とか、
あっけらかんとしてるのとは、むしろ反対みたいなところがある。
マオリの人たちが、植民地支配を受けてきた先住民の人たちの中で、一番強く残っているのは
意見を絶対に曲げず、戦い続ける姿勢、そして、「誰も置いていかない」という結束が
あったからなのかなぁ。なんて。
でも、だからと言って問題がないわけじゃなくって。
私は、自分の弱点が「(自分の弱さや失敗を)自分のもの」として、認めて
それも含め、私だ。けれど、私は私が誰であるか自分が一番知っているから、他人にとやかく言われる必要はない。
という強さを持っていないところって思ってたけど
彼女は、そんな人に見えるけれど、だからといって物事楽になるわけじゃないよーって
言ってて、そうか。
他の人が羨ましくなったり、あんな人になりたいと憧れたりするけど
よく見えても完璧なんてなくて、「自分のもの」にしたからって
問題が全て解決するわけじゃないんだなぁーっていう
ごく当たり前なことに気づいた夜でした。
まる。
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